ヴィクラマーディティヤ
ヴィクラマ · ウッジャイン王 · 九賢者の主
ウッジャインを都としたと伝えられる伝説的な王。理想の君主の代名詞であり、屍鬼二十五話の枠を担う人物としても知られる。
解説
概要
ヴィクラマーディティヤ(Vikramāditya / विक्रमादित्य)は、ウッジャインを都としたと伝えられるインドの伝説的な王である。名は「勇武の太陽」を意味する。理想の君主の代名詞として、無数の説話に主人公として現れる。『屍鬼二十五話』や『三十二の玉座の物語』(シンハーサナ・ドヴァートリンシカー)といった説話集の枠を担い、その宮廷には九人の賢者(ナヴァラトナ、九つの宝玉)が集ったとされる。実在の人物であったかは決着しておらず、複数の王の記憶が一人の名に集約された可能性が高い。
神話・物語
説話における彼は、公正で寛大で、必要とあらば自ら危険に赴く王として描かれる。夜ごと姿を変えて都を巡り、民の訴えを直に聞くという型が繰り返される。
『屍鬼二十五話』では、行者に頼まれて火葬場の木にぶら下がる屍鬼ヴェーターラを運ぶ役を負う。屍鬼は道々で物語を語り、最後に難問を投げかける。答えを知りながら黙せば頭が砕けるという条件のため王は答えざるをえないが、口を開けば屍鬼は木へ舞い戻ってしまう。二十四度これを繰り返したのち、二十五話目でようやく決着する。屍鬼は、行者が女神カーリーの前で王を生贄に捧げるつもりであったことを明かし、先に礼拝の姿勢をとらせて討てと教えた。王はそのとおりにして行者を斃したと語られる。
『三十二の玉座の物語』は別の枠をとる。後代の王ボージャが土を掘って古い玉座を見つけるが、座ろうとするたびに玉座を支える三十二体の像が口をきき、これはヴィクラマーディティヤの座であって、その徳に及ばぬ者は座る資格がないとして、王の事績を一つずつ語る、というものである。語られる三十二の話がそのまま理想の王の条件を示す構成になっている。
図像と象徴
固有の像容は伝わっていない。図像に現れるとすれば、屍鬼を担いで夜道を行く姿である。象徴となるのは玉座であり、その徳に見合う者だけが座れるという設定によって、王の資格が問われる主題を担っている。
系譜と関係
説話上の系譜は一定しない。父をガンダルヴァセーナとし、兄弟にバルトリハリを置く伝えが広く行われる。宮廷の九賢者にはカーリダーサ、ヴァラーハミヒラ、ダンヴァンタリらの名が挙げられるが、彼らの活動時期は数世紀にわたって散らばっており、一つの宮廷に集まりえない。伝説が異なる時代の名士を一堂に集めた結果である。
文化的足跡
北インドで広く用いられるヴィクラマ暦(ヴィクラマ・サンヴァット)は、紀元前58年を元年とし、この王がシャカ族を破った記念に定めたと伝えられる。ただし紀元前1世紀の王の実在を裏づける同時代の資料はなく、暦の名が後代にこの伝説と結びつけられたとみる説が有力である。
歴史上の候補としては、グプタ朝のチャンドラグプタ2世が挙げられる。彼はヴィクラマーディティヤの称号を用い、シャカ族の西クシャトラパを滅ぼし、その宮廷には文人が集った。伝説の像がこの王の事績を核として形づくられたとする見方が広く受け入れられている。もっともヴィクラマーディティヤは複数の王朝で用いられた称号でもあり、単一の人物に帰することはできない。
『屍鬼二十五話』は諸言語に翻案され、インドではテレビドラマ「ヴィクラム・オール・ベータル」として親しまれている。理想の王という像は今日まで生き続けており、その名は現代インドでも人名や艦船名に用いられている。説話集は11世紀のソーマデーヴァ『カターサリットサーガラ』にも収められ、パイシャーチー語で著されたという『ブリハットカター』の系譜に連なる。