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土蜘蛛
PLATE — 土蜘蛛
YAMATO · 日本神話
土蜘蛛

土蜘蛛

つちぐも · 土雲 · 都知久母

鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「土蜘蛛」 PUBLIC DOMAIN

記紀や風土記で朝廷に従わぬ土豪を指した蔑称。のちに絵巻や『太平記』を通じて、源頼光に退治される巨大な蜘蛛の妖怪となった。

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解説

概要

土蜘蛛(つちぐも)は、二つの層をもつ語である。もとは記紀や風土記において、朝廷に服さなかった各地の土豪・先住の集団を指す蔑称であった。手足が長い、穴に住むといった記述は、その侮蔑を形にしたものである。これが中世以降、源頼光に退治される巨大な蜘蛛の妖怪へと姿を変えた。妖怪としての土蜘蛛は、実在した人々への呼び名が物語のなかで怪物に読み替えられた結果であって、はじめから蜘蛛の化物であったわけではない。

登場する物語

古い層では、『日本書紀』の神武紀に大和の高尾張邑の土蜘蛛が現れ、葛の網で捕らえたことから葛城の地名が生じたと語られる。『豊後国風土記』『常陸国風土記』にも各地の土蜘蛛の記事があり、いずれも征討の対象として書かれる。記録は朝廷の側からのものであり、彼ら自身の言葉は残っていない。この点を踏まえずに土蜘蛛を「妖怪の起源」として読むと、蔑称が事実であったかのように反転してしまう。

妖怪としての土蜘蛛は、『平家物語』剣巻や『太平記』巻三十二、そして十四世紀の絵巻『土蜘蛛草紙』(東京国立博物館蔵)によって形をなした。よく知られる筋はこうである。源頼光が瘧(おこり)を患って伏せっていると、夜ごと怪しい法師が現れて縄を投げかける。頼光が枕元の名刀膝丸で斬りつけると法師は消え、点々と血が続いていた。四天王が跡を追って北野の塚を掘ると、四尺ばかりの巨大な蜘蛛がおり、これを討ち取ると頼光の病は癒えた。剣はこの功により「蜘蛛切」と改められたという。

病を怪異のしわざとみる発想が、この物語の核にある。頼光が酒呑童子を討つ話と対をなし、都に害をなすものを退治する武者の像を補強した。

図像と象徴

絵巻『土蜘蛛草紙』は、女や法師に化けて頼光の前に現れる怪と、塚から現れる大蜘蛛とを、ひと続きの画面に描く。腹を割かれた蜘蛛の中から無数の髑髏が転がり出る場面は、この絵巻でもっともよく知られる。

本項に掲げるのは鳥山石燕『画図百鬼夜行』の図で、蜘蛛の姿に人の面を宿す造形をとる。ただし江戸の妖怪絵巻において、名称と図像の対応は必ずしも安定していない。松井文庫本『百鬼夜行絵巻』では、牛の首に蜘蛛の胴という、通常牛鬼として描かれる図に「土蜘蛛」の名が記されている。図と名が別々に伝えられ、写しの過程で組み合わせが入れ替わりうることを、この例はよく示す。

関係する神格と英雄

討ち手は源頼光と頼光四天王で、酒呑童子退治と同じ顔ぶれである。用いられた膝丸は、髭切とともに源氏重代の太刀とされ、蜘蛛切・薄緑と名を変えながら伝えられた。

同じ蜘蛛の妖怪でも、絡新婦とは型が異なる。土蜘蛛が武者に討たれる怪であるのに対し、絡新婦は女に化けて男を誘う。討伐譚と誘惑譚という別々の系列に属している。

文化的足跡

能の『土蜘蛛』、歌舞伎の『土蜘』は、いずれも頼光退治譚を舞台化したもので、蜘蛛の糸を撒く演出は現在も歌舞伎の見せ場として知られる。近代には、記紀の土蜘蛛を先住民族と結びつける議論が唱えられたが、蔑称としての用法を史実の民族名と取り違えた解釈であり、現在は支持されていない。現代の漫画・ゲームにも大蜘蛛の妖怪として登場するが、その造形は作品ごとの創作である。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q2063089 — 骨格データの出典
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Tsuchigumo — 図像カテゴリ