シヤーヴァシュ
シヤーヴァシュ · スィヤーヴォシュ · Siyâvash
カイ・カーウースの子で、継母の讒言を火の試練で晴らした王子。父が和議の誓いを破ることを拒んでトゥーラーンへ亡命したが、歓待した王アフラースィヤーブに讒言によって殺された。その血から草が生え、中央アジアで哀悼の儀礼が行われた。
解説
概要
シヤーヴァシュ(スィヤーヴォシュ、シアヴァシュとも綴る)は、『シャー・ナーメ』における主要な人物である。
フェルドウスィーは彼をカイ・カーウースの子として紹介する。その名は「黒い牡馬を持つ者」を意味し、正しさの試練において彼に伴う馬シャブラング・ベフザード(「夜色の純血種」)にちなむ。
火の試練
父カイ・カーウースの妃スーダーベはシヤーヴァシュに恋をしたが、拒まれた。するとスーダーベは逆に、王子が自分を襲ったと訴えた。どちらが真実かを確かめるため、シヤーヴァシュは燃えさかる火の山をくぐることになった。白い衣をまとい、黒い馬に乗って火のなかに入り、傷一つ負わずに出てきたことで、その潔白が証された。火が真実を明らかにするという考えは、ゾロアスター教で火が占める位置に対応しており、火の神アータルは真実を守る神である。インドのシーターの火の試練とも比べられる。
亡命と死
潔白が証されたあとも、父との仲は元に戻らなかった。トゥーラーンとの戦いで、シヤーヴァシュは和議を結び、人質を得た。ところが父は和議を認めず、人質を殺せと命じた。誓いを破ることを拒んだシヤーヴァシュは、トゥーラーンへ身を寄せた。トゥーラーンの王アフラースィヤーブはシヤーヴァシュを迎え入れ、娘ファランギースを妻に与えた。しかしのちに讒言を信じたアフラースィヤーブは、この婿の首を刎ねさせた。血の落ちた場所からは、「シヤーヴァシュの血」と呼ばれる草が生えたという。
シヤーヴァシュの哀悼
中央アジアでは、シヤーヴァシュの死を悼む儀礼が行われていた。7世紀のソグドの資料にその記録があり、パンジケントの壁画にはその葬礼が描かれている。血から草が生えるという主題を根拠に、シヤーヴァシュを、ドゥムジやアドーニスと同じく、死んで蘇る植物の神の系譜に置く説もある。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、『シャー・タフマースブのシャー・ナーメ』のシヤーヴァシュである。
関わる神格・伝承
父はカイ・カーウース、子はカイ・ホスロウ。アフラースィヤーブに殺された。
文化的足跡
イランの哀悼の伝統において、シヤーヴァシュの死は重要な位置を占める。シーア派のフサインの殉教を悼む儀礼との連続性を指摘する説がある。
なおゾロアスター教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその神格と伝承に関する学術的な整理である。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。