アフラースィヤーブ
アフラースィヤーブ · フラングラスヤン · Afrasiab
『シャー・ナーメ』のトゥーラーンの王で、イランの主要な敵役。フェリドゥーンの子トゥールの裔で、名の古形はアヴェスターのフラングラスヤン。亡命したイランの王子シヤーヴァシュを婿に迎えながら讒言を信じて殺し、その子カイ・ホスロウに討たれた。カラハン朝はその裔を称した。
解説
概要
アフラースィヤーブは、イランの伝説に語られるトゥーラーンの王で、フェルドウスィーの『シャー・ナーメ』ではイランの主要な敵役である。
名の最古の形はアヴェスター語のフラングラスヤンであり、エミール・バンヴェニストはこれを *fra-hrasya-(「消し去る、倒す、破壊する」)に遡らせた。
トゥーラーン
トゥーラーンは、イランの北東にある敵国である。フェリドゥーンが世界を三人の息子に分けたとき、末っ子のイラジがイランを、トゥールがトゥーラーンを、サルムがルーム(ローマ)を得た。二人の兄が末の弟イラジを殺したことから、その復讐をめぐって両国の争いが始まった。アフラースィヤーブは、このトゥールの末裔である。歴史の上では、定住していたイランの人々と、草原の遊牧民(のちにトルコ系の人々と同じものとされた)との対立を映しているとみられる。
人物
強大な王で勇敢な戦士、策略にも長けるが、疑い深く、恐れから残酷なふるまいに走る人物として描かれる。
イランの王子シヤーヴァシュが身を寄せてきたとき、アフラースィヤーブはこれを迎え入れ、娘を妻に与えた。しかしのちに讒言を信じて、婿を殺してしまう。この殺害が、両国の長い戦争のきっかけとなった。やがて、シヤーヴァシュの子で、アフラースィヤーブにとっては娘の子にあたるカイ・ホスロウが、祖父を討つ。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、『シャー・タフマースブのシャー・ナーメ』のアフラースィヤーブである。
系譜と関係
トゥールの裔。シヤーヴァシュを殺した。カイ・ホスロウに討たれた。
文化的足跡
サマルカンドの古代の都市遺跡は「アフラースィヤーブ」と呼ばれる。
中央アジアのチュルク系の伝統では、アフラースィヤーブは祖先として尊ばれた。カラハン朝の王家はその裔を称し、11世紀のマフムード・カーシュガリーは彼をチュルクの英雄アルプ・エル・トンガと同一視している。
なおゾロアスター教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。