セシャト
セシェト · セフケト・アブウィ · セシャト
書記と知識を司るエジプトの女神。文字を発明したとされ、測量・建築・天文・会計をも領分とする。神殿建設の「縄を張る儀礼」を王とともに行った。
解説
概要
セシャト(sšꜣt、「女書記」)は、エジプト神話の書記と知識の女神である。記録を司り、文字を発明したとされる。
領分は書字にとどまらない。測量、会計、建築、天文、数学、幾何、歴史——数え、記し、境を定める営みのすべてがこの女神に属した。トートの妻とも娘とも、その女性形の対とも言われる。
神話・物語
固有の神話は伝わらない。この女神は物語のなかではなく、儀礼のなかで働く。
最も重要な場面が「縄を張る儀礼」である。神殿の建設に先立ち、王とこの女神が縄の両端を持って引き、天の星に照らして建物の軸を定める。第2王朝のカセケムイとともにこの儀礼を行う姿が、既に図像として残っている。神殿の方位を決めるのが女神の仕事だったことになる。
記録の対象も広い。古王国の時点で、エジプトへ運び込まれた物資・戦利品・捕虜を書き留める姿で描かれる。家畜の census を執り行い、中王国以降は諸外国からの貢納を記録した。王の戴冠式における発言を書き留めるのもこの女神である。
ナイルの氾濫が引いたのち、失われた地境を引き直す——測量もまた女神の職掌であった。その名において儀礼を執り行った女祭司は、同様の職務を担う人々を統括し、数学とそれに関わる知識を修めていたという。神話上の役割が、そのまま実在の職掌に対応している珍しい例である。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、エジプト学の慣行に沿って描かれた線図である。頭上、あるいは額帯から伸びる七つの尖端をもつ紋章を戴く。この紋章から、中王国以降はセフケト・アブウィ(「七つの角を持つ者」)という別名でも呼ばれた。
豹の皮をまとう姿が多い。豹皮は葬祭神官の徴であり、その斑紋は星を表すと考えられた。星は永遠の象徴であり、夜空と結びつく。書記の女神が夜空をまとっているという配置である。
手にするのは刻み目のある棕櫚の葉柄で、ヒエログリフの「年」を表す記号にあたる。その茎の先端はしばしば蝌蚪(十万を表す記号)とシェン輪(無限を表す記号)で終わる。女神が茎に刻みを入れる所作は時の経過を——とりわけ王の寿命を——記録することを意味した。祭を表す記号が茎から吊り下げられることもある。同じ棕櫚の枝を無限の神ヘフも握っており、時を数える道具が、数える神と数えきれない神の双方の持物になっている。
測量用の結び目のついた縄を持つ姿もある。
系譜と関係
トートとの関係が、この女神をめぐる記述の中心である。姉妹とも、妻とも、娘とも言われて定まらない。役割は重なりながら、方向が逆になっている——セシャトが文字を発明し、トートがそれを人に教えたとされる。
『ピラミッド・テキスト』は、この女神をネフティスの一相と同定し、「建てる者たちの女主」として呼びかける。葬送の場面ではネフティスとともに死者の四肢を整える役も担った。
第1王朝には既に祭祀が確認され、デン王期の王年代記に神官と像への言及がある。紋章の古さ——文字に先立つ刻み目入りの棕櫚——から、起源はさらに遡る可能性がある。
文化的足跡
日本語圏でエジプトの書記の神といえばトートが挙げられ、この女神の名が出ることは少ない。しかし神殿の軸を定め、王の在位年数を刻み、氾濫後の地境を引き直したのはこちらである。
書くこと、測ること、数えること——エジプトの官僚制を支えた三つの技術が、一柱の女神のもとにまとめられている。神話に物語がないことと、実務に深く食い込んでいることは、この女神においては同じ事柄の裏表である。