リンド
リンダ · リンドル · Rindr
北欧神話でオーディンとのあいだにヴァーリを産んだ女神。バルドルの復讐者の母である。オーディンが彼女を得るために用いた手段は、資料によって呪術とも暴力とも語られる。
解説
概要
リンド(Rindr)は、北欧神話の女神。オーディンとのあいだにヴァーリを産んだ。『ギュルヴィたぶらかし』はリンドをアーシュニュルに数えるが、巨人の娘とも呼ばれ、出自は一定しない。名の由来は未詳で、『バルドルの夢』の頭韻から本来は *Vrindr であった可能性が指摘され、ノルショーピング近郊の地名ヴリンネヴィとの関係も推測されている。
神話・物語
この名が出るのは、ほぼバルドルの復讐に関わる場面に限られる。
『バルドルの夢』では、オーディンが呼び出した死者の巫女が、リンドが西の館でヴァーリを産むと予言する。この時点でリンドはまだオーディンと出会っていない。予言が先にあり、神があとからそれを実現しに行くという順序になっている。
その経緯を最も古く伝えるのは、10世紀のスカルド、コルマーク・オグムンダルソンの『シグルズ賛歌』第3節である。「ユッグ(オーディン)はリンドを得るためにセイズを行った」——句はそれだけしか言わない。呪術を用いたという一語で、10世紀の聴き手には通じたことになる。
サクソ・グラマティクス『デンマーク人の事績』第3巻は、これを異様に具体的な物語にする。リンダはルテニア王の娘で、バルデルスの復讐者を得ねばならなかったオーティヌス(オーディン)は、ロステルという戦士に姿を変えて二度求婚し、二度とも拒まれる。次に樹皮にルーン文字を刻んで彼女に触れ、正気を失わせる。さらにヴェカという女医に化けて病床に近づき、治療には激しい反応が伴うから縛る必要があると王に言わせ、寝台に縛られたリンダを犯した。ボーウスはこうして生まれ、オーティヌスはこの行いによって神々から追放され、十年近く戻れなかった。
サクソ版を古エッダの補足と読むか、キリスト教徒の著述家によるオーディン批判と読むかは意見が分かれる。ただしコルマークの一句がすでに呪術で得たと言っている以上、正規の婚姻ではなかったという点までは北欧側の伝承と矛盾しない。
図像と象徴
図像はない。像も持物も姿の描写も伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
この女神の存在を今日に伝えているのはケニングである。『詩語法』はフリッグのケニングとして「ヨルズとリンドとグンロズとゲルズの恋敵」を挙げ、ヴァーリのケニングとして「オーディンとリンドの子」を挙げる。ヴァーリの母であること、そしてオーディンの正妻ではなかったこと——この二点だけが、詩の語彙として固定された。名が残る理由が「誰かの恋敵」と「誰かの母」だけである女神は、北欧神話にいくつも数えられる。
『グローアの呪歌』第6節に「ラニがリンドに歌ったその呪歌」という句がある。ラニが誰を指すかは分からず、オーディンの別名と見る説はあるが確証はない。
系譜と関係
父については、サクソがルテニア王とする以外に伝えがない。子はヴァーリ一人。
オーディンが女巨人と結んで子や知識を得るという型は、この体系に繰り返し現れる。ヨルズとのあいだのトール、グンロズから奪った詩の蜜酒、そしてリンドとのあいだのヴァーリ。いずれも婚姻ではなく、獲得である。ジョン・リンドウは、こうした関係をオーディンの計算ずくの振る舞いとして一括りに扱う。リンドの挿話は、そのなかでも手段が最も詳しく記録された一例にあたる。
文化的足跡
リンドが単独で近代の作品の主題になることは少なく、たいていはバルドル復讐譚の一齣として現れる。それでもこの挿話は、北欧神話の主神像を考えるうえで無視できない。神々は復讐者を必要とし、オーディンは呪術と偽装と暴力によってそれを得た。サクソはその代償として、主神が神々から追放されたことまで書き込んでいる。原典の側が主神の非を記録していること自体が、この体系の性格を示している。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。