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プローヴェ
PLATE — *PERON
SLAVI · スラヴ神話
*PERON

プローヴェ

プロネ · プローネ · プロヴェ

Bernard de Montfaucon, L'Antiquité expliquée et représentée en figures (Paris, 1722) PUBLIC DOMAIN

オボドリート連合のヴァグリ族が最高神として崇めたとされる神。像も神殿も持たず、樫の森が聖所であった。名が神名かどうかも含めて、二百年近く争われ続けている。

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解説

概要

プローヴェ(Prove、写本によっては Prone)は、オボドリート連合に属するヴァグリ族が最高神として崇めたとされる神である。名が現れるのはヘルモルトの『スラヴ年代記』だけで、しかもその名が本当に神名なのかどうかが、二百年近く争われ続けている。

この神には像がなく、コンティナも捧げられていなかった。聖なるのは場所である。オルデンブルク(スタリガルト)の近くにある、樫の茂る囲われた森がその中心であった。

神話・物語

物語は伝わらない。伝わるのは、森で何が行われていたかである。

週の二日目、ラテン語の数え方でいう月曜に、この森のそばで民会が開かれた。公と、ミケという名のプローヴェの大祭司が加わったという。集会が火曜であったとする読み、あるいは新月と満月ごとであったとする読みも出されている。裁きの場であったことは、どの読みでも動かない。

森は囲いによって俗界から区切られていた。ヘルモルトは、この聖所がヴィンベルクの丘にあったと推定できる記述を残している。像を置かず、建物も持たず、樫の木立そのものを聖所とする形は、バルト海沿岸スラヴのなかではむしろ古い層を示すと見られてきた。ロシクは、他の部族神の名がいずれも複合語であるのに対し、プローヴェの名が単一の語である点を挙げて、この祭祀の古さを指摘している。

図像と象徴

像はなかった。ヘルモルトがはっきりそう書いている。

それにもかかわらず、近世の古物学はこの神に像を与えた。モンフォコンの『古代図解』(1722年)には「PRONO」と題した図版があり、冠をかぶり、紋章入りの盾を持ち、旗の付いた槍を掲げて台座に立つ姿を刻む。本項の主画像である。これは18世紀の想像であって、12世紀の神の姿ではない。同じ系統の図は1715年の『アクタ・エルディトルム』の図版などにも見られる。

像を持たなかった神が、像を持たなかったという記述ごと忘れられ、盾と槍を与えられて版画になる。シワトリグラフと同じ経路をたどっているが、プローヴェの場合は「像がない」と原典に明記されているぶん、ずれが際立つ。

系譜と関係

名の解釈が最大の論点である。

ウチンスキ(2020年)は、最も古い写本群が Prone の形を示すことを重視する。書記のラテン語では ⟨n⟩ と ⟨u⟩ がしばしば入れ替わる。語末の -e は低地ドイツ語への音写に伴う音であり、per- が pr- に簡略化される例も地名にある(Peruň → Prohn など)。したがって Prove は古ポラーブ語 Peron のラテン語形であり、ペルーンのポラーブにおける形にほかならない、というのが彼の結論である。ポメラニアの村名プローン、プロンストルフが Pyron、Peron、Perone とも記録されていることが、この読みを裏づける。ヤーコブソン、ギェイシュトル、クレインらもこの同定に立ち、アルバレス=ペドロサはこれを最も確からしい語源と評した。樫と結びつくこと、裁きに関わることも、両者に共通する。

反対もある。ウルバンチクは、Prove を Prone に直してペルーンと読むのは文献学的に大胆すぎると述べた。ウォミャンスキは、ヘルモルトが繰り返し Prove と書いている以上この読みは成り立たないとし、地方的で慎ましいプローヴェと、ルーシの強大なペルーンとでは性格が違いすぎると論じて、オボドリート人自身の神と見た。テラは、プローヴェの記述に雷雨との結びつきという肝心の属性が欠けている点を指摘する。

もう一つ広く行われてきたのが、Prove をスラヴ語の「法・正義」(スラヴ祖語 *pravъ)の訛りと見る読みである。裁きの場と結びつくことが根拠で、タチーシチェフは1744年の事典にこの神を「プラヴェ」「プラーヴィ」の名で載せている。ロズムスはプローヴェを法の神と定め、ローマのテミス、メソポタミアのナンシェ、エジプトのマアトに類する神格とした。

最も辛辣なのはブリュクナーで、ヘルモルトが「法」を意味する普通名詞を神名と取り違えたのだと結論した。月曜ごとに森で開かれていたのは裁判であって、神の祭祀ではなかった、というのである。ウルバンチクはこれを大いにありうるとした。ギェイシュトルは臆測と退け、パルムはまったく恣意的だと評した。ウォミャンスキは、聖所を実見しているヘルモルトが裁判を指す普通名詞と神名を取り違えたとは考えにくいと指摘している。

文化的足跡

オルデンブルク・イン・ホルシュタインのヴィンベルクの丘が、この聖所の跡地と推定されている。ポメラニアの村名プローン、プロンストルフも、この神名と同じ語形をとどめると考えられている。

プローヴェは、シワラデガストとともに、ヘルモルトが名を挙げただけで職能をほとんど語らなかった神の一柱である。像も神殿もない神が、樫の森と月曜の裁きという二つの細部だけを残した。その二つが、二百年にわたる語源論争の材料のすべてである。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q3408263 — 骨格データの出典
Commons
Prono (deity) — 図像カテゴリ