パルデン・ラモ
パルデン・ラモ · シュリーデーヴィー · 吉祥天母
チベットの主要な守護女神でダライ・ラマの特別な護法尊。ターラーの憤怒形とされ、血の海を駆ける驢馬に乗り自らの子の皮を鞍にする。転生者探しの幻視の湖ラモ・ラツォと結びつく。
解説
概要
パルデン・ラモ(チベット語 dpal ldan lha mo、「栄光の女神」、サンスクリット語シュリーデーヴィー)は、チベット仏教の護法尊で、チベットで最も重んじられる女性の守護尊である。ゲルク派ではダライ・ラマとパンチェン・ラマ、そしてラサの町の守り手とされる。名は本来、恐ろしい姿の女性の護法尊を広く指しうるが、通常はゲルク派で信仰される「マグゾル・ギャルモ」(軍勢を退ける女王)の姿を指す。
神話・物語
伝えによれば、パルデン・ラモはもとランカー(スリランカ)の羅刹の王の妃であった。人を犠牲にする王の信仰を改めさせようとしたが果たせず、王の跡継ぎとなるはずの自らの子を殺し、その皮を剥いで鞍とし、騾馬に乗って北へ逃れた。王が放った毒矢は騾馬の尻に刺さったが、女神はその傷を眼に変え、以後その眼で世界を見渡すようになったという。恐ろしい行為を経て仏法の守り手となる筋は、子を食う鬼女から子の守り神となった鬼子母神の話とも比べられる。
ゲルク派では、パルデン・ラモをサラスヴァティー(弁才天)の憤怒の姿とする見方があり、ターラーの憤怒の姿とする伝えもある。ゲルク派では、六臂のマハーカーラ、法王ヤマ、毘沙門天とともに重要な護法尊として祀られる。
ダライ・ラマとの結びつきを象徴するのが、チベット中部の湖ラモ・ラツォである。ダライ・ラマ2世ゲンドゥン・ギャツォはこの湖を女神の住まいとし、近くにチョコルギェル僧院を開いた。以後、ダライ・ラマの転生者を探す際には、高僧がこの湖の水面に現れる幻視に手がかりを求めることが慣わしとなった。1935年、摂政レティン・リンポチェはこの湖でいくつかの文字と、トルコ石色と金色の屋根をもつ寺院の姿を見たとされ、それがダライ・ラマ14世の発見につながったと伝えられる。
図像と象徴
青黒い身色で、血の海を渡る騾馬に横座りに乗る。鞍は剥いだ子の皮で、騾馬の尻には眼が開いている。右手に金剛杵を頂いた棍棒、左手に血を満たした髑髏杯を持ち、髪には月を、臍には太陽を飾り、髑髏の冠と人の首の首飾りを着ける。本サイトの主画像は、インド・アルナーチャル・プラデーシュ州のタワン僧院に祀られたパルデン・ラモ像である。
関わる神格・伝承
マハーカーラの眷属として現れることもあり、ニンマ派の護法尊エーカジャティーと結びつけられることもある。図像の上では、ヒンドゥー教のカーリーやドゥルガーとの関係が指摘されている。
文化的足跡
ラモ・ラツォは、今日もダライ・ラマの転生をめぐる湖として巡礼の対象となっている。ラサではチベット暦10月15日に、女神の像を担いでバルコルを巡る祭が行われてきた。
なおチベット仏教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。