多羅菩薩
ターラー · 多羅仏母 · 救度仏母
観音菩薩の涙から生まれたとされる女性の尊格。チベットではドルマの名で最も親しまれ、あらゆる危難から人を救うとされる。
解説
概要
多羅菩薩(たらぼさつ、梵 Tārā)は、仏教の尊格のうち、女性の姿で表される代表的な菩薩である。チベット語ではドルマ(sgrol ma)と呼び、漢訳では多羅・多羅仏母・救度仏母とする。手に青い蓮の花を持つ姿で表される。
日本では観音菩薩の変化身の一つとされ、三十三観音のうち多羅尊観音として数えられる。胎蔵曼荼羅の蓮華部院にも配されるが、単独の信仰としては厚みを欠く。これに対しチベット仏教圏では、日々の勤行で名を唱えられる最も身近な尊格の一つであり、地域による受容の差がきわめて大きい。
神話・物語
大乗から中期密教にかけての伝えでは、この菩薩は観音菩薩の涙から生まれたとされる。いくら修行を重ねても衆生は苦しみから逃れられない——そう嘆いた観音が流した二粒の涙のうち、右目からは白ターラーが、左目からは緑ターラーが生じた。二尊は衆生の済度を助けると誓い、それによって観音は悲しみを克服したという。救う者の悲しみから、救いを助ける者が生まれるという構図である。
後期密教はこれとは別の来歴を伝える。過去仏である鼓声如来を信じたナツォク・オ国の王女イェシェ・ダワ(慧月)は、鼓声仏の弟子たちから男の身に変じて成仏せよと勧められたが、これを断り、女の身のまま衆生を利すると誓願を立てた。ここから「度母」と呼ばれるようになったとされる。長い時を経て成果を得たとき、あらためて十方の衆生の苦しみを除くと誓い、昼夜を分かたず魔や人ならざるものを調伏したことから「救度速勇母」の名も得た。女性の身のまま仏となるという主張が、この尊格の来歴に明確に組み込まれている点は見逃せない。
図像と象徴
もっとも広く知られるのは緑ターラーと白ターラーである。緑ターラーは救済の速やかさを担い、右足を踏み下ろした坐り方で表される。求めがあればただちに立ち上がるという姿勢を、そのまま形にしたものである。白ターラーは長寿と治癒に結びつき、手のひら・足の裏・額にも目を備えた七つ目の姿で描かれることが多い。持物の青蓮華(ウトパラ)は、両者に共通する徴である。
このほかにも、危難の種類に応じた二十一尊のターラーが立てられ、二十一礼讃文が広く唱えられてきた。本項に掲げるのは、チベット・ギャンツェのクンブム(十五世紀)に安置される緑ターラー像である。
真言は「オーム・ターレー・トゥッターレー・トゥレー・スヴァーハー」で、チベット圏では六字真言に次いで広く唱えられる。日本の真言宗では「ノウボウ・オン・タレイ・トタレイトレイ・ソワカ」などと伝える。
系譜と関係
観音菩薩との結びつきは、誕生譚においても図像においても一貫している。インドからチベットへ仏教を伝えたアティーシャは、釈迦如来・観音菩薩・不動明王・ターラーの四尊を本尊として重んじ、その弟子ドムトゥンに始まるカダム派もこれを受け継いだ。
密教の体系では、女性の仏は仏母(ユム)と呼ばれ、如来と同格に置かれる。仏眼・マーマキー・白衣・ターラーの四仏母は曼荼羅にたびたび現れ、『秘密集会』の曼荼羅では四隅に配されて四大を表し、ターラーは風を象徴する。
なお、ヒンドゥー教のシャークタ派にも十大明妃(ダシャマハーヴィディヤー)の一尊としてターラーがあり、カーリーと近い性格をもつ。仏教のターラーとの間に影響関係を想定する研究は多いが、どちらからどちらへ伝わったかについて定説はなく、両者を同一視することはできない。
文化的足跡
チベットには、観音菩薩の化身である猿と、ターラー菩薩の化身である岩の魔女との間に生まれた子孫がチベット民族であるという人類起源の伝承がある。ゲルク派では、息災・増益・敬愛の三種の柔和な修法において、ターラーを本尊とする護摩が行われることがある。
日本では独立した信仰の対象となることは少なかったが、近年に成立した観音霊場では多羅尊観音の名で祀られる例がある。同じ尊格が、伝わった土地の宗教のかたちに応じて、これほど異なる位置を占めるという点で、多羅菩薩は比較の材料として興味深い。