鬼子母神
ハーリーティー · 訶梨帝母 · きしぼじん
他人の子を食べていた鬼女が、釈迦に末子を隠されて改心し、子供と安産の守護神となった。もとインドのヤクシニーで名は「子を拉致する者」。柘榴を持ち、日蓮宗で法華経の守護神とされる。
解説
概要
鬼子母神(サンスクリット語 Hārītī ハーリーティー)は、仏教を守護する天部の一尊。梵名を音写した訶梨帝母とも呼ばれる。三昧耶形は吉祥果。種字はウーン(hūṃ)。
起源
ハーリーティーは本来樹木や森林に棲む樹木の精で、古代インドの土俗神であるヤクシニーの一柱である。男性の夜叉と同じく現世利益——豊穣多産、財産、家畜の増殖、子宝など——を授ける職能があった。一方、これらの土俗神は人間に害をなす悪鬼でもあった。
このような善悪二面性を有するヤクシーであったハーリーティーの名称は、サンスクリット語で「(子供を)拉致する者」を意味する。さらに「harita」が「緑色」を意味するため、天然痘やコレラなどの疫病に関係するとも考えられた。
神話・物語
仏典が語る物語では、ハーリーティーは五百人(あるいは千人)の子を持つ鬼女で、他人の子を攫っては食べていた。人々の訴えを聞いた釈迦は、彼女の末子ピンガラを隠した。狂ったように探し回るハーリーティーに、釈迦は「千人の子のうち一人を失ってもこれほど嘆くなら、一人しか子のない親の悲しみはどれほどか」と説いた。ハーリーティーは改心し、以後子供と安産の守護神となった。
釈迦は、代わりに僧たちの食事の一部を供えるよう定めたという。寺院で食事の際に鬼子母神に少量を供える習慣の由来である。
図像と象徴
固有の図像は存在するが、本サイトは主画像を掲げない。ただしガンダーラの作例(2〜3世紀)は、子供を抱き膝に乗せた女神像として、この尊格の最古の図像を伝える。
日本では、天女形で子供を抱き吉祥果(柘榴)を持つ姿と、鬼形で憤怒相の姿の二種がある。柘榴は多くの種を持つことから子宝の象徴とされる。
子を奪う者が子を守る者になるという転換が、この尊格を規定する。悪鬼を排除するのではなく、その力を守護に転じるという仏教の護法神の型の典型例である。
関わる神格・伝承
夫はパーンチカ(般闍迦)、子は吉祥天ほか五百人。ヤクシニーの一柱。
文化的足跡
日蓮宗において鬼子母神は法華経の守護神として重視され、東京・雑司ヶ谷の鬼子母神堂は「恐れ入谷の鬼子母神」の言い回しで知られる。安産・子育ての神として今日も参拝を集める。
なお仏教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。