ネサ
ネス · ネッサ · アッサ
アイルランド神話のアルスターの王女。策によって息子コンホヴァルを王位に就け、その治世を支えた。
解説
概要
ネサ(Ness)は、アルスター物語群に登場するアルスターの王女である。アルスター王コンホヴァル・マク・ネサの母にあたる。父は当時のアルスター王エオヒド・サルブデ。
なお、日本語で定着した「ネサ」は属格の形にあたる。「コンホヴァル・マク・ネサ」は「ネサの子コンホヴァル」の意で、主格はネス(Ness)である。当サイトでは既刊記事との整合を優先して「ネサ」を見出しに採る。
父方ではなく母方の名で呼ばれる王というのは、中世アイルランドの物語でも目立つ。それはこの女性が、策によって息子を王位に就けたからである。
神話・物語
誕生譚は二つある。第一の形では、彼女がドルイドのカフバズに「今はどんな時か」と問い、「王を身ごもらせるによい時だ」と答えが返る。ほかに男がいなかったため、彼女はカフバズと床を共にして子を宿した。
第二の形はより長い。もともと彼女はアッサ(「たやすい、穏やかな」)と呼ばれていた。育てるのに何の苦もない娘だったからである。ところがカフバズ——この版では土地を持たぬ戦士団を率いる者でもある——が彼女の十二人の養父を襲って皆殺しにした。下手人が知れぬため父王は動けず、彼女は自ら二十七人の一団を組んで追う。この時から彼女はニー・アッサ(「たやすくない」)、縮めてネスと呼ばれた。しかし水浴中に丸腰のところをカフバズに押さえられ、妻となることを強いられる。
夫婦はコンホヴァルという名の川のほとりに土地を与えられた。ある夜、渇いたカフバズに彼女が川の水を汲んで運ぶと、その中に二匹の虫が浮いていた。彼はそれを彼女自身に飲ませる。物語はこれが懐妊の原因ではないとわざわざ断るが、アイルランドの伝承には、飲み物とともに小さな生き物を呑んで重要な人物を身ごもる話がいくつもある。この版で子の父とされるのは、カフバズを差し置いて彼女の恋人であった上王ファハトナである。
ファハトナのもとへ向かう道中、川辺で産気づいた。カフバズは告げる——明日まで産まずにいられれば、その子はキリストと同じ日に生まれ、永遠の名声を得る大王となる。彼女は平石の上に坐して耐え、翌朝、男児を産んだ。赤子は川へ転げ落ち、カフバズが抱き上げて川の名を与えた。
息子が七歳のとき、アルスター王はフェルグス・マク・ロイヒであった。彼女に懸想したフェルグスに、彼女は一つの条件を出す——一年だけ王位を退いてコンホヴァルに譲れ、そうすれば我が子らは王の子と呼ばれる。名ばかりの王だと諸侯に説かれてフェルグスは応じた。ところが母の助言を受けた少年は、財と贈り物を配ることにあまりに長けており、一年が過ぎたとき、アルスターの人々はフェルグスの復位を拒んだ。王位はコンホヴァルのものとなる。
図像と象徴
図像は伝わらず、当サイトも主画像を掲げない。
彼女に結びつく標識は、名そのものである。たやすい娘から、たやすくない女へ。名が変わる瞬間が、この人物の転回点として物語に置かれている。もう一つは平石で、産む刻を一日遅らせるために坐りつづけたその石が、息子の名声の条件になっている。
系譜と関係
父はエオヒド・サルブデ、夫はカフバズ、子はコンホヴァル。稿本によっては、息子との近親相姦によってコルマク・コン・ロンガスを産んだとされる。娘にデヒテラとフィンホーヴを数える系譜もあり、その場合クー・フーリンとコナル・ケルナハは彼女の孫にあたる。
カフバズが赤子を祝福する詩のなかで、コンホヴァルを「わが子にしてわが孫」と呼ぶ箇所がある。カフバズがネサの父でもあり、息子は父娘のあいだに生まれたという伝えがかつて存在したことを示唆するものと読まれてきた。
文化的足跡
近代の再話において、この女性はしばしば野心的な母として単純化される。しかし原典が語るのは、養父たちを殺され、報復のために自ら武装し、そして力ずくで妻にされた女が、そこから一つだけ持ちえた手段——婚姻の条件交渉——によって息子を王にした、という筋である。中世アイルランドの法において婚姻が契約であったことを知る読者に向けて書かれた場面といえる。