フェルグス・マク・ロイヒ
フェルグス・マクロイ · ファーガス・マク・ロイヒ · Fergus mac Róig
アイルランド神話の英雄。かつてのアルスター王で、王の裏切りに憤ってコナハトへ亡命し、『クアルンゲの牛捕り』では故国の敵に回った。
解説
概要
フェルグス・マク・ロイヒ(Fergus mac Róich)は、アルスター物語群の英雄である。名は「男らしさ、大いなる牡馬の子」ほどの意になる。かつてアルスターの王であったが、策によって王位をコンホヴァル・マク・ネサに譲り、のちその裏切りに憤ってコナハトへ亡命した。『クアルンゲの牛捕り』では、女王メイヴの同盟者にして愛人として、故国を攻める軍の道案内を務める。
物語は彼を並外れた体躯と精力の持ち主として描く。この二つが、彼をたびたび危うい立場に置いた。
神話・物語
先王が討たれたのちアルスター王となった彼は、前王の娘ネサに求婚した。彼女が出した条件は、一年だけ息子コンホヴァルを王にすること——そうすれば我が子らは王の子と呼ばれる。名ばかりの王だと諸侯に説かれて応じたが、一年後、統治の見事さを見た諸侯は少年を正式な王に据えた。フェルグスは怒らず、王の忠実な家臣にとどまり、コンホヴァルの長子コルマクと甥クー・フーリンの養父となる。
決裂はデアドラの一件による。王に命じられ、ノイシュとウシュネハの子らに帰還の安全を約束したのは彼であった。ところが帰路、饗宴の招きを断れないというゲッシュを突かれて一行から引き離される。息子フィアフに託された一行は、エウァン・ワハで討たれた。約束を踏みにじられ、息子を殺された彼は、エウァン・ワハを焼き、三千の従者とともにコナハトへ亡命する。
『牛捕り』では、地形を知る者として軍の先導を任された。彼はわざと遠回りの道を選び、アルスター勢に軍備を整える時間を与えようとする。もっともアルスターはマッハの呪いに伏しており、応じたのはクー・フーリン一人であった。行軍の途中、メイヴと二人になったところをアリルの御者に見られ、剣を盗まれる。彼は木で偽の剣を作って隠した。
クー・フーリンとの一騎討ちを命じられたが、養父と養い子であり、そもそも剣がない。彼は「次に会うときは自分に譲れ」という条件で、この場は退く。最後の会戦でアリルから剣を返された彼は、コンホヴァルを討ち取る寸前まで迫るが、養い子コルマクに止められ、怒りの矛先を三つの丘に向けてその頂を斬り飛ばした。そこへクー・フーリンが現れて挑む。約束どおり彼は退き、これを見た他の同盟軍も浮足立って総崩れになった。彼は苦く言い放つ——牝馬に率いられた群れが道を失って滅びるのは、いつものことだ。
最期は嫉妬による。湖で水浴していたところを、メイヴの夫アリルが盲目の兄弟に唆して槍で射させた。
図像と象徴
主画像は、ジョージ・デナムがアルフレッド・パーシヴァル・グレイヴズ編『アイルランド妖精物語集』(1909年)に寄せた挿絵で、幼いセタンタ——のちのクー・フーリン——を肩に乗せて歩む姿を描く。ケルト復興期の造形であり、古代の図像は伝わらない。
物語が与える標識は剣である。カラドボルグと呼ばれるその剣は、振れば虹の弧を描き、丘の頂を薙ぐ。盗まれ、木の偽物に替えられ、戦の前に返される——この剣の行方が、そのまま彼の立場の推移を示している。
系譜と関係
養い子にコルマク・コン・ロンガスとクー・フーリン。妻にフリダス、愛人にメイヴ。子にフィアフ。
彼をめぐる資料には、より古い層をうかがわせる要素が多い。名の後半「大いなる牡馬の子」、並外れた体躯と精力、そして丘を斬り飛ばす剣。これらから、もとは豊穣に関わる神格だったとみる研究者もいる。ただし物語のなかの彼は一貫して人間の英雄であり、神と呼ばれる箇所はない。
なおクー・フーリンの人間の側の父スアルタム・マク・ロイヒは、名から見て彼の兄弟にあたる。
文化的足跡
『牛捕り』の最古の写本では、この物語を語り直したのはフェルグス自身の亡霊だとされる。詩人たちが失われた物語を求めて彼の墓に唱えかけると、三日三晩をかけて全篇を語ったという。物語の内側の登場人物が、物語そのものの伝承者に据えられている点で、アルスター物語群のなかでも特異な位置を占める。近代の再話では、裏切られた誠実な男として、あるいは女に惑わされて祖国を売った男として、評価が割れ続けてきた。