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ナタラージャ
PLATE — नटराज
BHARATA · ヒンドゥー神話
नटराज

ナタラージャ

ナタラージャン · ナテーシャ · ナルテーシュヴァラ

Colin McLaughlin / 大英博物館蔵(9世紀半ば) CC BY-SA 4.0

舞踏の王としてのシヴァ。火焔の輪の内で片脚を上げ、無明を体現する小人を踏み据える。チョーラ朝の青銅像で完成し、南インドのシヴァ派を代表する形象となった。

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解説

概要

ナタラージャ(Naṭarāja / नटराज)は「舞踏の王」を意味し、宇宙の舞を舞うシヴァの姿である。タミル語圏ではアーダルヴァッラーン、クーッタン、サベーサン、アンバラヴァーナンなどの名でも呼ばれ、チダンバラム(ティッライ)のナタラージャ寺院を本拠とする。南インドのシヴァ派寺院ではほぼ例外なくこの形の像が祀られ、図像の一形式にとどまらず、シヴァの最も高い姿の一つとして扱われてきた。生成・維持・破壊に加え、隠蔽と恩寵をも一つの所作に畳み込む造形であり、インド美術のなかでも屈指の集約度をもつ。

神話・物語

シヴァの舞には、世界の生成に結びつく穏やかなラースヤと、擦り切れた世界を焼き払う激しいタンダヴァの二面がある。ナタラージャ像が示すのはそのうちのアーナンダ・タンダヴァ(歓喜の舞)で、破壊が創造のためになされるという理解が、この一つの姿勢に込められている。舞の場であるチダンバラムは宇宙の中心と説かれ、同時にそれは信者の心の内にあるとも語られる。

タミルのバクティ運動を担った四人の聖者——サンバンダル、アッパル、マーニッカヴァーサハル、スンダラル——は、ナタラージャとその聖地を繰り返し歌った。彼らの讃歌を収める『ティルムライ』は、この形のシヴァが創造・維持・破壊のみならず、マーヤー(隠蔽)と信者への恩寵をも担うと述べる。これらの讃歌の存在から、チダンバラムでのナタラージャ信仰は7世紀より前に遡ると考えられている。マーニッカヴァーサハルの『ティルヴァーサハム』は、チョーラ朝以前の段階ですでにこの聖地が五大(パンチャ・ブータ)に結びつく抽象的な象徴を帯びていたことを伝える。

足下に踏み据えられる小人はアパスマーラ(ムヤラカ)と呼ばれ、霊的な無明を人の形にしたものである。舞は、その無明の上で均衡を保ちながら続けられる。

図像と象徴

構えは『ナーティヤ・シャーストラ』が説く舞踏の型に拠り、細部の規定はアームシュマド・アーガマ、ウッタラカーミカ・アーガマなどのアーガマ文献に見える。四臂が最も一般的だが、バーダーミ石窟やアンコール・ワットには十臂の作例があり、カシミールでは二臂や八臂の、姿勢の異なる作も出土している。

持物と手印はおおむね次のとおりである。上段右手はダマル・ハスタの印で砂時計形の太鼓ダマルを執り、創造と時の律動を鳴らす。上段左手はアグニ(火)を掲げ、破壊を示す。下段右手は前腕から蛇がほどけ、掌は恐れるなを意味するアバヤ・ムドラーを結ぶ。下段左手は手首を折って掌を内へ向け、胸を横切って心臓を隠す。これはティローダーナ(隠蔽)を表し、象の鼻に見立ててガジャハスタとも呼ばれる。

全体は火焔の輪(プラバーマンダラ)に囲まれる。輪の両端は水の怪獣マカラの口から生じ、万物を生み万物を焼く宇宙の火を表す。解けた髪は舞の激しさを示して扇状に広がり、その一房にはガンガーが女神の姿で絡む。頭飾りには髑髏、三日月、そしてチョウセンアサガオの花が挿される。額の第三眼を含む三つの眼は、日と月と知(ジュニャーナ)、あるいはサットヴァ・ラジャス・タマスの均衡と解される。激しい舞のただなかで顔だけが静かなのは、生成と消滅の対立を貫く自己の静けさを示すためとされる。左脚を上げるのが通例で、右脚を上げる作例は稀である。

最古層の作例は6世紀に遡る。マヘーンドラヴァルマン1世の時代の彫刻はインド最古のナタラージャ像として知られ、エローラ、エレファンタ、バーダーミの石窟浮彫、オリッサのアサナパト出土の碑文つき像も同じ頃のものである。青銅の作例は7世紀から9世紀半ばのパッラヴァ朝期に現れ、10世紀のタミル・ナードゥで最も成熟した形に達した。チョーラ朝の女王センビヤン・マハーデーヴィは、独立した石造のナタラージャ像を最初に建てた人物とされる。なお西洋の文献が「チョーラ朝の青銅像」と呼ぶ作例の多くは、実際には銅を主体とし、蝋型鋳造によって造られている。

象徴の読み方は一つではない。アリス・ボナーは、諸作例が六芒星(サトコーナ)など幾何学的な枠に沿って構成され、男女両原理の融合を含意すると論じた。一方パドマ・カイマルは10世紀の文献と作例を検討し、この像が文脈によって火葬場の主とも、チョーラ朝の紋章とも読まれえたとして、単一の象徴解釈に収斂させることを疑問視している。シャラダ・シュリーニヴァーサンはチョーラ朝との結びつきそのものを問い直し、考古学的な証拠からパッラヴァ朝の創案とみる立場をとる。

系譜と関係

ナタラージャはシヴァそのものであり、別に立てられた神格ではない。ネパール、アッサム、ベンガルの中世作例では、乗騎である牡牛ナンディンの背の上で舞う姿が刻まれ、この地域ではナルテーシュヴァラの名で呼ばれた。舞踏の主という姿は、男女合体のアルダナーリーシュヴァラや、姿をもたないリンガと並んで、シヴァを表す複数の様式の一つをなす。シヴァ派シッダーンタの文献『クンチターングリム・バジェー』はナタラージャをサット・チット・アーナンダ(有・識・歓喜)と説き、シャンカラの不二一元論と響き合う理解を示す。

文化的足跡

チョーラ朝期には行列や祭礼に舞うシヴァが加えられ、その慣行は後代まで続いた。図像は南アジアを越えて広がり、アンコール・ワットや中央アジアにも作例が残る。カンボジアではヌリッテーシュヴァラと呼ばれ、バリのヒンドゥー文化では、シワ・ナタラージャは舞踊を創始した神とされる。チダンバラムのナタラージャ寺院には、『ナーティヤ・シャーストラ』の詩節を刻んだ108のバラタナーティヤムの型が彫られている。20世紀の近代ヨーガでは、この姿にちなむナタラージャーサナの体位が名づけられた。2004年には、インド政府から欧州原子核研究機構(CERN)へ高さ2メートルの舞うシヴァ像が贈られ、宇宙の生成と消滅の比喩として銘板が添えられている。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q23641297 — 骨格データの出典
Commons
Nataraja — 図像カテゴリ