ミクーラ・セリャニノヴィチ
ミクラ・セリャニノヴィチ · ヴィクーラ · Микула Селянинович
ロシア叙事詩の農夫の勇士。大地のすべての重みを収めた袋を片手で持ち上げ、巨人スヴャトゴールを死なせる。彼と戦ってはならない——湿れる母なる大地が、その一族を愛しているからである。
解説
概要
ミクーラ・セリャニノヴィチ(Мику́ла Селяни́нович / Mikula Selyaninovich)は、ロシアの口承叙事詩ブィリーナノヴゴロド環に登場する農夫のボガトィーリである。名ミクーラはニコライの民間形、父称セリャニノヴィチは「農夫の子」を意味する。
彼を相手に戦ってはならない、と叙事詩は言う。「ミクーラの一族を、湿れる母なる大地が愛しているから」である。この一行が、この人物のすべてを言い当てている。彼は剣を持たず、馬に乗って敵を討つこともない。持っているのは鋤だけである。
由来と物語
彼が主役をつとめる叙事詩は二つある。
「ヴォリガとミクーラ」では、勇士にして呪術師の公ヴォリガ・スヴャトスラヴィチが供廻りを従えて進むうち、野で鋤を打つ音を聞く。近づこうとするが、一日進んでも農夫にたどり着けない。ようやく出会ったミクーラの鋤は樫の根を石ごと返しており、公の一行がその鋤を地から抜こうとしても、三十人がかりで動かせない。ミクーラは片手でそれを引き抜き、片手で投げ捨てる。彼の牝馬は公の駿馬を置き去りにする。ヴォリガは彼を供に加えようとし、名を尋ねる。
「スヴャトゴールとミクーラ」では、天地をひっくり返してみせると豪語した巨人スヴャトゴールの前に、彼は小さな袋を落とす。中には大地の重みが入っていた。巨人は馬上から届かず、降りて両手でつかみ、膝まで地に沈んで果てる。ミクーラはその袋を片手で持ち上げてみせる。
二つの物語の構図は同じである。公も巨人も、農夫にはかなわない。
図像と象徴
古い図像はない。姿を与えたのは19世紀末以降の画家たちで、ヴルーベリ、ヴァスネツォフ、レーリヒ、ビリービンがそれぞれこの農夫を描いている。本ページに掲げたのは、アンドレイ・リャブシキンが1895年に描いた図版である。
象徴の中心は鋤と袋である。剣ではなく農具が力の徴となり、その力の源は本人にではなく大地との関係にある。だから力そのものを誇る巨人は死に、力を使わない農夫は生き残る。大地の重みの主題が伝えるのはこの一点であり、担い手でない者が担おうとすることの危うさを説いている。
叙事詩の勇士のなかで農民出身はイリヤー・ムーロメツとミクーラの二人だが、イリヤーが大公に仕える武人になるのに対し、ミクーラは終始畑にいる。宮廷に出仕せず、それでいて誰よりも強い勇士という位置は、彼ひとりのものである。
系譜と関係
二人の娘がいる。いずれもポリャニーツァ——女の勇士である。姉ヴァシリーサ・ミクーリシナはスタヴル・ゴジノヴィチの妻となり、夫が投獄されると男装して大公のもとへ乗り込み、これを救い出す。妹ナスターシヤ・ミクーリシナはドブルィニャ・ニキーティチの妻である。彼女は野で出会ったドブルィニャを打ち負かしたうえで妻となった。
叙事詩の家系図のなかで、ミクーラは血縁によって物語をつなぐ数少ない結び目である。武勲ではなく娘たちを通じて、彼は勇士たちの世界に組み込まれている。
文化的足跡
19世紀の作家メーリニコフ=ペチェルスキイは小説『森の中で』(1874年)に、ミクーラへの信仰が聖ニコラウスへ移されたのだ、と書いた。雷神への崇拝が預言者エリヤに、家畜の神ヴェレスが聖ヴラシオスに引き継がれたのと同じことが起きたのだ、と。春の聖ニコラウスの日が「母なる大地の名の日」と隣り合っていることも、その根拠に挙げられている。魅力的な説だが、これは小説家の筆によるものであり、確かな典拠を持つ議論ではない。19世紀ロシアの民族主義的な想像力が、農民の勇士に神格を与えようとした跡として読むほうが正確だろう。
ソ連期には、ミクーラは労働する民衆の象徴として盛んに引かれた。ヴルーベリが1896年の全ロシア博覧会のために構想したパネルも、この農夫を主題としている。剣を持たない勇士という造形は、時代が変わるたびに違う旗として掲げ直されてきた。