メルカルト
メルカルト · メルカルス · ミルカルト
フェニキアの都市国家テュロスの守護神。名は「都市の王」に遡る。年ごとに死んで甦る神として祀られ、ギリシア・ローマではヘーラクレースと同一視された。
解説
概要
メルカルト(フェニキア語 𐤌𐤋𐤒𐤓𐤕 Mīlqārt)は、フェニキアの都市国家テュロスの守護神であり、フェニキアおよびポエニ世界の主要な神格である。名はエドワード・リピンスキによれば MLK QRT、すなわち「都市の王」に遡る。
年ごとに死んで甦る神として祀られた。世界の守護者であると同時に冥界の支配者でもあるという二重の役から、図像では生の象徴であるアンクや花と、死の象徴である窓付きの斧を持つ姿で表される。
テュロスの交易と植民が地中海に広がるにつれ、この神の祭祀もカルタゴやガデス(現カディス)をはじめとする各地へ運ばれた。植民市を建てるとまずメルカルト神殿を築くというテュロスの慣行が、そのまま神の分布図になっている。
神話・物語
まとまった神話は伝わらない。この神について知られていることの大半は、祭祀と、それを外から見た者の記録による。
中心にあるのはエゲルシス(ἔγερσις、「目覚め」「復活」)と呼ばれる祭である。ヨセフスは『ユダヤ古代誌』でエフェソスのメナンドロスに拠りつつ、テュロス王ヒラム1世(前965〜935年頃)がレバノン山の材木で神殿の屋根を葺き、古い神殿を壊してヘラクレス(=メルカルト)とアシュタルトの神殿を建て、ペリティオスの月にヘラクレスの「目覚め」を最初に祝ったと記す。春の祭で神は死に、そして甦った。タンムーズやアドーニスと同じ、死と再生の年周期を体現する神である。
ヘロドトスは、この神を自分の目で確かめに行った。『歴史』第2巻44節によれば、彼はテュロスまで船で渡り、名高いヘラクレス神殿を訪ねて、純金と緑柱石の二本の柱——夜に強く輝いたという——を見た。神官に神殿の年代を問うと、市の創建と同時であり、それは二千三百年前だと答えられた。ギリシアのヘーラクレースより五世代古いヘラクレス神殿がタソス島にもあることを確かめた彼は、古いヘラクレスという神が別に存在すると結論する。ギリシア人が二つのヘラクレス神殿を建て、一方では不死の神として、他方では英雄としての礼を捧げるのが最も賢明だ、というのが彼の意見であった。
『列王記』上16章31節以下でアハブ王がイスラエルに導入し、イエフ王がほぼ根絶したとされるバアルを、このメルカルトと見る説がある。同18章27節、エリヤがバアルの預言者たちを嘲って「大声で呼べ、彼は神なのだから。考えごとをしているのか、席を外しているのか、旅に出ているのか、あるいは眠っていて起こさねばならぬのか」と言う場面は、この神の旅の伝説と、年ごとの「目覚め」への当てこすりだと読むことができる。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、キプロス出土の《ヘラクレス=メルカルトの頭部》(前500〜480年頃、ローマ・バラッコ美術館蔵 Inv. MB 70)である。ギリシア的な様式で彫られながら、名はフェニキアの神のものである。同一視が造形の上でどう働いたかを、一つの石が示している。
持物は二つに割れる。アンクあるいは花は生を、窓付きの斧(フェネストレイテッド・アックス)は死を表すとされる。守護者と冥界の主という二重の役が、両手に分けて持たされている。
エメサのヘリオドロスは小説『エチオピア物語』で、テュロスのヘラクレスに捧げられた船乗りたちの踊りを描いた。あるときは勢いよく跳び上がり、あるときは膝を地について、憑かれた者のようにその上で回るのだという。神殿の記録ではなく、小説の一節に祭儀の身振りが残っている。
関わる神格・伝承
遅くとも前6世紀には、ギリシアのヘーラクレース、ローマのヘルクレースと同一視されていた(インテルプレタティオ・グラエカ)。ギリシア・ローマ側からは「テュロスのヘラクレス」と呼ばれる。地中海各地に伝わるヘーラクレースの功業のいくつかは、この神をめぐる伝承に源をもつとも考えられている。
キプロスとイビサでは、医神エシュムンおよびアスクレーピオスと習合した。イビサ出土の献辞には「彼の主なるエシュムン=メルカルトに」と読める一文がある。
カルタゴではバアル・ハンモンとタニトが主神の座を占めたが、メルカルトへの十分の一税がテュロスの本社へ送られ続けた。植民市が母市に神を通じて結ばれていたことを示す慣行である。
文化的足跡
ローマ皇帝セプティミウス・セウェルスはレプティス・マグナの出身で、この神への信仰を帝国の中心にもたらした一人である。ハンニバルもメルカルトの名において誓いを立てたと伝えられる。
ガデスのメルカルト神殿は、地中海世界の西の果てに立つ聖所として名高く、「ヘラクレスの柱」の伝説と結びついた。テュロスの都市神が、そのまま地中海の交易網の地図になっている——この神の広がりは、神話の伝播というより、船の航路の記録に近い。