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メルカルト
PLATE — 𐤌𐤋𐤒𐤓𐤕
PHOENICIAN · フェニキア・カナン神話
𐤌𐤋𐤒𐤓𐤕

メルカルト

メルカルス · ミルカルト · ミルカルトゥ

《ヘラクレス=メルカルトの頭部》(前500〜480年頃、キプロス出土、ローマ・バラッコ美術館蔵 Inv. MB 70)/撮影: Sailko, CC BY 3.0 CC BY 3.0

フェニキアの都市テュロスの守護神。名は「都市の王」の意とされる。植民とともに地中海全域に祀られ、冬の終わりの「目覚め」の祭で知られる。ギリシア・ローマではヘーラクレースと同一視された。

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解説

概要

メルカルト(フェニキア語 𐤌𐤋𐤒𐤓𐤕 mlqrt)は、フェニキアの都市テュロスの守護神である。名は「都市(qrt)の王(mlk)」がつづまった形と解されるのが一般的で、E・リピンスキもこの語源をとる。アッカド語ではミルカルトゥと書かれた。名が記録に現れる最初の例は、アレッポの北で見つかった前9世紀のアラム語の石碑で、アラムの王が「わが主メルカルト」に願いがかなった礼として建てたものである。

テュロスが地中海に交易拠点と植民市を広げると、この神も海を渡った。新しい居留地には決まってメルカルトの神殿が建てられ、テュロスの商人の守り手となった。カルタゴ、キプロス、マルタ、シチリア、イベリア半島のガデス(現カディス)やイビサ、大西洋岸のリクススまで、神殿の分布はそのまま航路をなぞっている。ギリシア人とローマ人はこの神を「テュロスのヘーラクレース」と呼んだ。

神話・物語

メルカルトについてまとまった神話は伝わらない。知られていることの多くは祭儀と、それを外から記したギリシア語の記録に拠る。

祭儀の中心は「目覚め」(エゲルシス ἔγερσις)である。ヨセフスはエフェソスのメナンドロスを引いて、テュロス王ヒラム1世(前10世紀)が古い神殿を建て替え、ペリティオスの月(冬の終わり)にこの神の目覚めを初めて祝ったと伝える。神が眠りあるいは死から呼び起こされる祭とみられ、神像を焼いて甦らせる儀礼だったとする復元もある。ただし、メルカルトをタンムーズやアドーニスと同じ「死んで甦る神」の類型に入れる見方は、その類型そのものへの批判(J・Z・スミスら)とともに、慎重に扱われるようになっている。

ヘロドトスは前5世紀にテュロスの神殿を訪ね、金とエメラルド色の石の二本の柱を見たと記す(『歴史』2巻44節)。神官は神殿の創建を都市の創建と同時とし、二千三百年前だと答えた。ヘロドトスはここから、ギリシアの英雄ヘーラクレースより古い同名の神がいると考えた。

ヘブライ語聖書で、アハブ王の妻イゼベル(シドン王の娘)がイスラエルに持ち込んだ「バアル」を、メルカルトとみる説がある。カルメル山でエリヤがバアルの預言者たちに、神は旅に出たか眠っているのではないかと嘲る場面(『列王記上』18章27節)を、この神の目覚めの祭への当てこすりと読む研究者もいる。

図像と象徴

本サイトが掲げるのは、キプロス出土の《ヘラクレス=メルカルトの頭部》(前500〜480年頃、ローマ、バラッコ美術館蔵)である。ギリシア風に彫られた頭部で、メルカルトとヘーラクレースの重なりが造形の上で進んでいたことを示す。キプロスやフェニキアでは、獅子の皮をかぶり棍棒を振り上げる姿が多く作られた。シチリアのケファロイディオンの硬貨に刻まれた頭部も、ヘーラクレースと見分けがつかない。

それより古い作例には、アレッポ近郊の前9世紀の石碑がある。腰布をまとい、円錐形の冠をかぶって、肩に窓付きの斧をかついだ姿で刻まれている。この斧を死の、手にするアンクや花を生の象徴とみる解釈がある。

ガデスの神殿には二本の青銅の柱が立っていたとストラボンは伝え、これこそ本当の「ヘーラクレースの柱」だとする説も当時あった(ストラボン自身は退けている)。エメサのヘリオドロスは小説『エチオピア物語』で、テュロスのヘーラクレースを祭る船乗りたちが跳びはね、膝をついて回る踊りを描いている。

系譜と関係

フェニキアの資料に親は記されない。ギリシア語で伝わる後代の系譜は、ヘーラクレースとの同一視を通したものになっている。

ギリシアのヘーラクレースとは遅くとも前6世紀には同一視され、ローマではヘルクレースに当てられた。キプロスやイビサではシドンの神エシュムンと習合し、「エシュムン=メルカルト」への献辞が残る。テュロスでは女神アスタルトと並んで祀られた。

カルタゴではバアル・ハンモンとタニトが主神の座にあったが、かつては国の収入の十分の一をテュロスのメルカルトに送っていたとディオドロスは伝える。ハミルカル(「メルカルトの兄弟」)のような人名にも、この神の重みが表れている。

文化的足跡

マルタで見つかった二基の「メルカルトの柱」(前2世紀)は、フェニキア語とギリシア語の二言語で奉献文を刻む。18世紀にJ・J・バルテルミはこの碑文からフェニキア文字の解読に道を開いた。

リウィウスによれば、ハンニバルはイタリア遠征に先立ってガデスの神殿に詣でた。レプティス・マグナ出身のローマ皇帝セプティミウス・セウェルスは、ローマに「リーベルとヘルクレース」の神殿を建てており、故郷の神をこれに重ねたとみられている。

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領分・別名

INTERPRETATIO — 同一視・同源
ヘーラクレース ギリシア神話 同一視
ヘロドトス『歴史』第2巻44節。ギリシア人はティルスの守護神メルカルトを「ティルスのヘラクレス」と呼んだ。ヘロドトスは現地の神殿を訪ね、ギリシアのヘーラクレースより古い神が別に存在すると結論している(インテルプレタティオ・グラエカ)。
ヘルクレース ローマ神話 同一視
ガデス(現カディス)のヘルクレース・ガディターヌス神殿はフェニキアのメルカルト崇拝を継承したもので、ローマ期を通じて同一の神として祀られた。ハンニバルの参詣が伝わる。
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資料

Wikidata
Q843408 — 骨格データの出典
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