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バアル・ハンモン
PLATE — 𐤁𐤏𐤋 𐤇𐤌𐤍
PHOENICIAN · フェニキア・カナン神話
𐤁𐤏𐤋 𐤇𐤌𐤍

バアル・ハンモン

バアル・ハモン · Baal Hammon · Baʿl Ḥamōn

玉座のバアル・ハンモンのテラコッタ像/撮影: AlexanderVanLoon, CC BY-SA 4.0 CC BY-SA 4.0

カルタゴとヌミディアの主神で、捲れた牡羊の角を持つ髭の老人として描かれる天候と稔りの神。タニトと対をなす。乳児の骨を納めた壺が並ぶ聖域トフェトへの奉献が刻まれるが、子供の犠牲であったか自然死の埋葬かは今日も議論が続く。

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解説

概要

バアル・ハンモン(ポエニ語 𐤁𐤏𐤋 𐤇𐤌𐤍 bʿl ḥmn)は、カルタゴとヌミディアで神々の王として祀られた神である。天候をつかさどり、作物の実りをもたらす神と考えられた。祭祀は北アフリカと、シチリア、サルデーニャ、イベリア半島、バレアレス諸島などカルタゴの勢力圏に限られ、フェニキア本土ではほとんど知られていない。名は「ハンモンの主」を意味するが、ハンモンが何を指すかは定まらず、シリアとキリキアを分けるアマヌス山とする説や、香を焚く祭壇を指す語とする説がある。ベルベルの在来の神の要素が重なっているとみる研究者もいる。

神話・物語

バアル・ハンモンを主人公とする物語は伝わらない。知られていることの多くは、カルタゴのトフェトに立てられた数千の奉献碑による。碑文には「主バアル・ハンモンと、バアルの顔なる女主タニトへ」といった定型の献辞が刻まれ、前5世紀以降は女神タニトの名が先に置かれることが多い。

トフェトは、焼かれた乳児や幼い動物の骨を納めた壺を埋め、その上に奉献碑を立てた聖域である。ギリシア・ローマの著述家たちは、カルタゴ人が子供を火で焼いて神に捧げたと書いた。これをカルタゴと敵対した側の誇張とみる見方と、碑文の語や考古学の証拠がこれを裏づけるとする見方とが、長く対立してきた。骨の年齢を調べた近年の研究は、死産の子や生まれたばかりの子が多いことを示したが、これも自然に亡くなった乳児の埋葬とみるか、犠牲とみるかで解釈が分かれる。本項はどちらの立場もとらない。

図像と象徴

バアル・ハンモンは、巻いた牡羊の角をもつ髭の老人として表され、スフィンクスに挟まれた玉座に座る姿をとることが多い。本サイトが掲げるのも、玉座に座るバアル・ハンモンの素焼きの像である。奉献碑では、天を指す手、三日月と円盤、タニトのしるしなどが添えられる。

系譜と関係

祭祀の上の伴侶はタニトである。ギリシア人はこの神をクロノスと同一視し、ローマ人はサートゥルヌスに当てた。カルタゴ滅亡後のローマ領北アフリカでは、サトゥルヌス・アフリカヌスとして3世紀まで広く祀られた。牡羊の角をもつ姿から、リビュアの砂漠のシワのオアシスで神託を下したアメン(アンモン)と結びつける説も古くからあるが、名の上のつながりは認められていない。

旧約聖書に現れるモレクをバアル・ハンモンと結びつける説がある。一方で、「モレク」は神の名ではなく、ポエニ語の碑文に見える犠牲の種類を指す語(molk)だとする説も有力である。

文化的足跡

ハンニバルやハスドルバルといったカルタゴ人の名に含まれる「バアル」は、多くの場合バアル・ハンモンを指すとみられている。カルタゴのトフェトは今日も発掘と議論の対象である。

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領分・別名

INTERPRETATIO — 同一視・同源
サートゥルヌス ローマ神話 同一視
ローマ支配下の北アフリカでサトゥルヌス(サトゥルヌス・アフリカヌス)として祀られた

親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。

𐤁𐤏𐤋 𐤇𐤌𐤍
バアル・ハンモン
フェニキア・カナン神話
𐤕𐤍𐤕
タニト
配偶者
収載データなし
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バアル・ハンモン
フェニキア・カナン神話
収載データなし
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資料

Wikidata
Q83879 — 骨格データの出典