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パルテノペー
PLATE — ΠΑΡΘΕΝΌΠΗ
HELLAS · ギリシア神話
ΠΑΡΘΕΝΌΠΗ

パルテノペー

パルテノペ · パルテノーペー · Parthenope

19世紀の図版《ナポリのセイレーン、パルテノペー》(1833年) PUBLIC DOMAIN

セイレーンの一人。歌がオデュッセウスを誘い寄せられず海に身を投げ、その骸がナポリに漂着した。この地の古名パルテノペーはその名にちなむ。

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解説

概要

パルテノペー(Παρθενόπη、「乙女の声」)は、ギリシア神話セイレーンの一人である。名はパルテノス(παρθένος、乙女・処女)とオプス(ὄψ、姿・声)からなる。

歌によってオデュッセウスを惑わすことができず、海に身を投げて溺れた。その亡骸はナポリの岸に打ち上げられたと伝えられる。

登場する物語

河神アケローオスとムーサのテルプシコラーの娘であり、二人の姉妹はリゲイアとレウコシアーと呼ばれる。

ギリシアの伝えによれば、パルテノペーは自らの歌がオデュッセウスを引き寄せられなかったとき、海に身を投げて溺れた。亡骸はナポリの、今日カステル・デッローヴォが立つメガリデ島の岸に流れ着く。島にあるその墓は「セイレーンの造営」と呼ばれた。クーマエの人々がこの地に移り住んだとき、彼女に敬意を表して町をパルテノペーと名づけたという。

ローマの伝承は別の筋を伝える。ウェスウィウスという名のケンタウロスがパルテノペーに恋をした。怒ったユーピテルは、このケンタウロスを成層火山に、パルテノペーをナポリの町に変えてしまう。望みを断たれたウェスウィウスの怒りが、火山の激しい噴火として現れるのだという。

図像と象徴

本サイトが掲げるのは、19世紀の図版《ナポリのセイレーン、パルテノペー》である。

古代の貨幣にその姿を刻んだものが残る。ナポリのスピナコロナの泉には、乳房から出る水でウェスウィウスの火を消す姿が造形されている。

セイレーンの図像は時代によって変わる。古代においては鳥の身体に女の頭を持つ姿であり、魚の下半身を持つ人魚型になるのは中世以降である。ナポリの図像も、この変化の影響を受けている。

歌が届かなかったために死ぬという結末が、この人物を規定している。セイレーンの力は歌にあり、その歌が効かなかったとき、存在の理由が失われる。オデュッセウスが蝋で仲間の耳を塞ぎ、自らは帆柱に縛りつけられて通り過ぎたという有名な挿話の、裏側にあたる物語である。

関わる神格・伝承

父はアケローオス、母はテルプシコラー。姉妹はリゲイアとレウコシアー。三人の名はいずれも南イタリアの地名に残る。

セイレーンの一人ひとりに名が与えられ、それぞれが別の土地の名祖になるという構成は、ギリシアの植民都市が自らの起源を神話に接続する仕方を示している。

文化的足跡

ナポリの古名パルテノペーは、今日もこの都市の別称として生きている。市民を指す形容詞パルテノペーオ(partenopeo)は、サッカークラブの愛称にも用いられる。

ウェルギリウスは『農耕詩』の末尾で、自らを養ったのはこの町だと書いた——「そのころ甘美なるパルテノペーが、私、ウェルギリウスを養っていた。名もなき閑暇の営みのうちに栄えながら」。

18世紀には、この物語を主題とするオペラが相次いで作られた。サッロ(1722年)、ヴィンチ(1725年)、ヘンデル(1730年)、ヴィヴァルディ(1738年)、ハッセ(1767年)。エンニオ・モリコーネも1995年にこの伝説に基づくオペラを作曲し、ナポリ建都2500年を記念して2025年に初演されている。

歌が届かずに死んだセイレーンが、二千五百年にわたって歌われ続けている。

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領分・別名

親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承点線=異伝・別系統

ΠΑΡΘΕΝΌΠΗ
パルテノペー
ギリシア神話
収載データなし
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資料

Wikidata
Q179844 — 骨格データの出典