イアソー
イエーソー · イアソ · Iaso
病からの回復を司るギリシアの女神。アスクレーピオスの娘で五姉妹の一人。オーローポスのアムピアラーオス神殿では祭壇の一区画を分け合っていた。
解説
概要
イアソー(Ἰασώ、イエーソー Ἰησώ とも)は、ギリシア神話で病からの回復を司る女神である。
医神アスクレーピオスの娘で、アケソー、アイグレー、ヒュギエイア、パナケイアの四人を姉妹に持つ。五人はいずれも健康ないし治癒の一面に関わる。
神話・物語
物語は伝わらない。この女神が現れるのは、祭壇の区分と、喜劇の一場面である。
2世紀のパウサニアースは、アッティカのオーローポスにあるアムピアラーオスの聖域について記録した。そこの祭壇は複数の区画に分かれている。一つはヘーラクレース、ゼウス、医神アポローンに。次は英雄たちとその妻たちに。三つ目はヘスティアー、ヘルメース、アムピアラーオス、そしてアムピロコスの子らに。四つ目がアプロディーテーとパナケイア、さらにイアソー、ヒュギエイア、医神アテーナーに。五つ目はニュンペーたちとパーン、そしてアケローオスとケーピーソスの二つの川に捧げられていた。
祭壇の四分の一が、この女神を含む治癒の神格に割かれている。医神アポローンと医神アテーナーが同じ聖域に並ぶことからも、ここが治癒を求める人々の場所であったことが分かる。
アリストパネースは喜劇『富の神』でこの女神に触れている。登場人物カリオーンが、自分が放屁したところイアソーが赤面したと報告する場面である。神殿参籠の場面をめぐる笑いであり、治癒の女神が当時の観客にとってどれほど身近だったかを、逆の側から示している。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、前400年頃のアッティカ赤絵式の壺に描かれた図である。カドモスの画家に帰される作例で、この女神を名指した数少ない古代の図像にあたる。
固有の持物は伝わらない。姉妹たちと並んで浮彫に現れることが多く、その場合は父アスクレーピオスを中心とした群像の一員として描かれる。
名が意味するのは「癒すこと」であり、動詞ἰάομαι(癒す)に連なる。医学を意味する語 ἰατρική も同じ語根から出ている。姉妹のアケソーが「治癒の過程」を、この女神が「病からの回復」を担うという分担は、ギリシア語の語彙の細かさに支えられている。日本語では両者を訳し分けることが難しい。
系譜と関係
父はアスクレーピオス、母はエピオネー。姉妹はヒュギエイア、パナケイア、アケソー、アイグレー。弟にテレスポロス。
オーローポスのアムピアラーオス神殿では、アプロディーテー、パナケイア、ヒュギエイア、医神アテーナーとともに祭壇の一区画を分け合っていた。単独の神殿を持たず、他の神格と場所を共有するのがこの女神の祀られ方である。
文化的足跡
日本語圏でこの女神の名が挙げられることはまずない。アスクレーピオスの娘といえばヒュギエイアが知られ、その姉妹の名まで書かれることは少ない。
それでもこの五姉妹の存在は、ギリシアの医療観を考えるうえで示唆に富む。健康は一つの状態ではなく、予防・回復・治癒の過程・薬・輝く健やかさという複数の局面からなる。それぞれに名を与えて祭壇に並べるという発想が、ギリシアの神々の作られ方をよく示している。