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エシュムン
PLATE — 𐤀𐤔𐤌𐤍
PHOENICIAN · フェニキア・カナン神話
𐤀𐤔𐤌𐤍

エシュムン

エシュムーン · Eshmun · Eshmoun

エシュムン神殿の遺構(シドン近郊、ブスタン・エシュ・シェイフ)/撮影: BlingBling10, CC BY-SA 3.0 CC BY-SA 3.0

フェニキアの港市シドンの守護神で、病を癒す神。名は「八番目」を意味し、シュドゥクの八番目の子と説明される。ギリシア人はアスクレーピオスと同一視した。シドン近郊に、沐浴の設備を備えた神殿の遺構が残る。

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解説

概要

エシュムン(フェニキア語 𐤀𐤔𐤌𐤍 ʾšmn)は、フェニキアの港市シドンの守護神で、病を癒す神である。名は「八番目」を意味し、神シュドゥクの八番目の子であることを表すと説明される。鉄器時代からシドンで祀られ、テュロス、ベイルート、キプロス、サルデーニャ、カルタゴなど地中海各地のフェニキア人の町でも崇められた。ギリシア人は医神アスクレーピオスと同じ神とみなした。

神話・物語

5〜6世紀の新プラトン主義者ダマスキオスが伝える物語では、エシュムンはベイルートの美しい若い狩人であった。母神アストロノエ(アスタルトとみられる)が恋をして追いかけると、逃れられないと知ったエシュムンは斧で自らを去勢して死ぬ。嘆いた女神は、命を与える熱でエシュムンを甦らせ、神とした。ダマスキオスはこの名を「八番目」と解し、シュドゥクの子らのうち八番目の子だからだと説明する。若い神が女神に愛されて死ぬ筋は、アドーニスの物語と似ているが、伝えるのは後代のギリシア語の著述家だけで、フェニキアの伝承をどこまで映しているかはわからない。

図像と象徴

本サイトが掲げるのは、シドンの北約2キロのブスタン・エシュ・シェイフに残るエシュムン神殿の遺構である。神殿は前7世紀末から建てられ、シドン王エシュムンアザル2世とボドアシュタルトの時代に拡張されて、ローマ時代まで使われた。水路や水盤が設けられ、病を癒すための沐浴が行われたとみられる。遺跡からは、病の癒しを祈って、あるいは癒されたことへの感謝として奉納された子供の石像が数多く出ている。

系譜と関係

ダマスキオスによれば父はシュドゥクで、八人の子の末子にあたる(フィロンの伝承ではシュドゥクの子はカベイロイの七柱と、八番目のエシュムン)。シドンではアスタルトと並んで祀られ、神殿の奉納像には「アスタルトとエシュムンに」と記すものがある。キプロスやイビサではメルカルトと習合し、「エシュムン=メルカルト」への献辞が残る。カルタゴではバアル・ハンモンやタニトと並んで祀られ、ビュルサの丘の神殿はエシュムンのものであった。

文化的足跡

ブスタン・エシュ・シェイフの神殿は、フェニキアの聖所の建築を今日に伝える数少ない遺構の一つである。シドン王エシュムンアザル2世の石棺(ルーヴル美術館蔵)の銘文は、王とその母がエシュムンのために神殿を建てたことを記している。

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領分・別名

INTERPRETATIO — 同一視・同源
アスクレーピオス ギリシア神話 同一視
フェニキアとキプロスの二言語碑文、ダマスキオスがエシュムンをアスクレーピオスと等しいとする

親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。

シュドゥク
ダマスキオス(ポティオス『図書総覧』所引): シュドゥク(サデュコス)の八番目の子
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エシュムン
フェニキア・カナン神話
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シュドゥク
ダマスキオス(ポティオス『図書総覧』所引): シュドゥク(サデュコス)の八番目の子
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エシュムン
フェニキア・カナン神話
収載データなし
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資料

Wikidata
Q1367147 — 骨格データの出典
Commons
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