ケクロプス
ケクロープス · ケクロプス1世 · Cecrops
アテーナイの創建者にして初代の王。大地から生まれ、上半身は人、下半身は蛇の姿とされた。婚姻・読み書き・葬礼を教えた文化英雄である。
解説
概要
ケクロプス(Κέκροψ)は、アッティカの伝説上の王である。その名からこの地はケクロピアと呼ばれた。
アテーナイそのものの創建者にして初代の王とされる。ただしこの地域には、それに先立って大地から生まれた王アクタイオスがいたとされる。
文化英雄であり、アテーナイの人々に婚姻、読み書き、そして葬礼を教えたという。
神話・物語
ストラボーンによれば、この名はギリシア語起源ではない。大地そのものから生まれた者(アウトクトーン)とされ、それゆえゲーゲネース(「土地の者」)と呼ばれた。上半身は人、下半身は蛇あるいは魚の尾の形をしていたと描かれる。この二重の姿から、ディピュエース(「二つの本性の」)とも呼ばれた。
ディオドロスは、二重の姿はギリシアと異邦の二重の市民権によると合理的に説明した。ディピュエースの添え名を婚姻に結びつける古代の説もあり、この王が婚姻の創始者とされたことによる。
アッティカの前王アクタイオスの娘アグラウロスを娶り、その王位を継いだとされる。
三人の娘——ヘルセー、パンドロソス、アグラウロス——の父でもある。彼女たちは、幼子エリクトニオスを納めた箱あるいは壺を、中を見ずに守るよう託された。しかし覗いてしまい、アテーナーが子を守るために入れておいた二匹の蛇に恐怖して、アクロポリスから身を投げたという。
アテーナイの守護権をめぐるアテーナーとポセイドーンの争いにおいて、判定者を務めたとも伝えられる。ポセイドーンは三叉の矛で塩泉を、アテーナーはオリーブの木を出し、ケクロプスは後者を選んだ。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、アッティカ赤絵式の杯に描かれたケクロプスである(コドロスの画家、ベルリン古代美術館蔵 F 2537)。
図像の決め手は、蛇の下半身である。上半身が人、下半身が蛇——大地から生まれた者であることが、その造形に示されている。ギリシアにおいて蛇は大地と結びつく動物であり、アウトクトーンの徴として繰り返し用いられた。同じ王家に属するエレクテウスとエリクトニオスも、蛇と結びつけられる。
アテーナイ人が自らを「大地から生まれた者」と称したことが、この造形の背景にある。他の土地から移住してきたのではなく、この地そのものから生じたという主張である。
関わる神格・伝承
妻はアグラウロス、娘はヘルセー、パンドロソス、アグラウロス。子エリュシクトーンは先立って死に、王位はクラナオスが継いだ。
アテーナイ王の系譜において、ケクロプス、エリクトニオス、エレクテウスの三人はいずれも大地生まれで蛇に結びつく。同じ主題が三度繰り返される構成であり、しばしば元は一つの人物だったのではないかと論じられる。
文化的足跡
アクロポリスのエレクテイオンには、ケクロプスの墓とされる場所が含まれる。少女像柱の立つ張り出しの下にあたる。
日本語圏では、アテーナイの守護権争いの判定者として名が挙げられることがある。しかしこの王が体現するのは、判定よりもむしろ「大地から生まれた」というアテーナイ人の自己認識のほうである。