デーヴァセーナー
デーヴァヤーナイ · デイヴァーナイ · デイヴァヤーナイ
軍神スカンダ(ムルガン)の妃。名は「神々の軍」を意味し、夫の称号デーヴァセーナーパティは「デーヴァセーナーの主」と「神々の軍の将」の掛詞になっている。
解説
概要
デーヴァセーナー(サンスクリット देवसेना、「神々の軍」)は、ヒンドゥー教の女神で、軍神スカンダ(ムルガン)の妃である。タミル語文献ではデーヴァヤーナイ、デイヴァーナイとも呼ばれる。
『マハーバーラタ』はプラジャーパティのダクシャの娘とし、いくつかのサンスクリット文献は神々の王インドラと妃シャチーの娘とする。タミル版『スカンダ・プラーナ』ではヴィシュヌの娘とされ、のちにインドラの養女となる。
神話・物語
『マハーバーラタ』第三巻がスカンダ誕生譚のなかで語るところによれば、デーヴァセーナーとダイティヤセーナー(「魔族の軍」)はプラジャーパティのダクシャの娘である。あるとき姉妹がマーナサ湖の畔でくつろいでいると、魔族ケーシンが二人をさらって妻にしようとした。デーヴァセーナーは拒み、ダイティヤセーナーは応じた。
そのころ神々は魔族との戦いに敗れていた。理想のデーヴァセーナーパティ(神々の軍の将)を探していたインドラが、囚われの彼女のもとに至る。その求めに応じて魔族を討ち、彼女を救い出した。デーヴァセーナーはインドラに、自分を守り、神々も魔族もヤクシャも打ち負かしうる夫を探してほしいと願う。インドラはブラフマーと相談し、アグニから生まれる子こそがふさわしいという結論に至った。
こうして生まれたスカンダが神々の将となり、インドラは彼にデーヴァセーナーを娶わせた。夫がデーヴァセーナーパティ(「デーヴァセーナーの主」)と呼ばれるのは、この婚姻による。同時にこの称号は「神々の軍の将」をも意味する掛詞になっている。名そのものが二重の意味を担っている点が、この女神の位置をよく示している。
デイヴァーナイ(タミル語で「天の象」を意味する)という別名は、インドラの神象アイラーヴァタに育てられたことによる。
北インドではスカンダは独身とされるのが通例で、サンスクリット文献も概してデーヴァセーナーのみを妃とする。これに対しタミル・ナードゥでは二人の妃——デーヴァヤーナイとヴァッリ——を持つ。タミルの伝えにおいて、デーヴァセーナーはもう一人の妃ヴァッリの対極として描かれるのが常である。天界の生まれで正式の婚姻によって結ばれた妃と、狩猟民の娘で駆け落ちによって結ばれた妃。二人が揃って初めて神が完成するという構図をとる。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ラージャ・ラヴィ・ヴァルマの絵に基づく1910年の印刷画である。原題は《スブラフマニヤ》で、スカンダと妃を描く。
単独で表されることはまれで、ムルガンとともに、しばしばヴァッリを伴って描かれる。孔雀に乗る夫の傍らに立ち、あるいは坐す姿が定型である。
タミル・ナードゥでは独立した祭祀を持たず、ムルガンの多くの寺院で妃として祀られる。ただしティルッパランクンドラムのムルガン寺院では大きな役割を担う。婚礼の地とされる場所である。
関わる神格・伝承
夫はスカンダ、父はダクシャあるいはインドラ(伝えによってはヴィシュヌ)。姉妹にダイティヤセーナー。もう一人の妃ヴァッリと対をなす。
東インドではシャシュティーの形で祀られ、そこでは独立した信仰の対象となる。同じ女神が、地域によって従属的な妃にも、独立した女神にもなるという事例である。
文化的足跡
ティルッパランクンドラムはタミル・ナードゥのムルガン六霊場(アール・パダイ・ヴィードゥ)の一つで、この女神との婚礼の地とされる。今日も婚礼に関わる祈願の場として多くの参拝者を集める。
日本語圏では、ムルガン信仰そのものが紹介される機会に乏しく、その妃の名が挙げられることはまずない。二人の妃が天界と地上、正式婚と駆け落ちという対をなすという構図は、南インドの神話における対称性の作り方を示している。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。