ヴァッリ
ワッリ · スンダラヴァッリ · ポンギ
ムルガンの第一の妃。首長の養女として狩人に育ち、神が山の狩人の姿で現れて求愛した。天界生まれで正式婚のデーヴァセーナーと対をなす。
解説
概要
ヴァッリ(タミル語 வள்ளி、「蔓草」「甘藷」の意)は、ヒンドゥー教の女神で、ムルガンの第一の妃である。
ラクシュミーとヴィシュヌの娘スンダラヴァッリの化身で、地上では首長の娘として生まれ、狩人として育った。タミルの伝承によれば、軍神ムルガンが求愛の末に彼女を娶る。
姉妹のアムリタヴァッリ——デーヴァセーナー——もまたインドラの養女としてムルガンに嫁いだため、二人は姉妹にして共に一人の夫を持つ関係にある。
神話・物語
タミル版『スカンダ・プラーナ』にあたる『カンダ・プラーナム』によれば、ヴィシュヌの娘スンダラヴァッリとアムリタヴァッリは、ムルガンに会って恋に落ち、ともに婚姻を望んだ。二人はヴィシュヌがヴァーマナとして化身した際に流した歓喜の涙から、あるいは宇宙的な状態にあるヴィシュヌの一方の眼から放たれた光から生じたとされる。
いくつもの苦行ののち、軍神は姉妹の前に現れ、自分は魔族スーラパドマンとの戦いの最中であり、二人が人の姿に転生してからでなければ望みに応じられないと告げた。その意に従い、スンダラヴァッリはクルンジ地方の蔓草の下にヴァッリとして生まれ変わり、ナンビラージャンという首長の養女となる。聖仙が瞑想の途切れた一瞬に牝鹿を見たことから生まれたとする伝えもある。彼女は狩人として育ち、同族を守り、粟の畑から鳥を追う役を担った。ムルガンと結ばれる定めであると神秘家に告げられてからは、彼を慕い、他の誰とも結婚しないと誓った。
首長がティナイ(粟)の畑を開き、ヴァッリに害鳥を防ぐ役を課したとき、彼女の帰依に心を動かされたムルガンは、狩りの途中で道に迷った美しい山の狩人の姿で彼女の前に現れる。ヴァッリはその見知らぬ男を見分けられず、立ち去るよう促した。首長が蜜と果実を携えて畑に来るのを見た神は、自らを一本の樹に変える。首長らが去ると狩人の姿に戻り、ヴァッリに愛を告げた。
この求愛の物語は、正式の婚姻によって結ばれたデーヴァセーナーとの対比として語られる。天界の生まれで、父インドラが娶わせた妃と、地上の狩猟民の娘で、神が姿を変えて口説き落とした妃。二人が揃って初めてムルガンが完成するという構図をとる。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、12世紀のチョーラ朝の青銅像《スブラフマニヤと二妃》である(タミル・ナードゥ州タンジャーヴール県キーヴァルール出土)。中央のムルガンの左右に、ヴァッリとデーヴァセーナーが立つ。
単独で表されることはまれで、この三尊形式が定型である。ムルガンの寺院では、本尊の両脇に二妃が配される。左右のどちらに立つかは地域と寺院によって異なり、ヴァッリを左に置く例が多い。
名が意味する「蔓草」は、生まれの経緯そのものである。蔓草の下に生まれ、粟の畑を守り、山に住む。属性がすべて植物と山に関わる点で、天界の生まれであるデーヴァセーナーと対照をなす。
関わる神格・伝承
夫はムルガン(スカンダ)。姉妹はデーヴァセーナー。前世はスンダラヴァッリ。
スリランカの伝承では、この出来事はカタラガマ近郊のヴェッダ人のあいだで起きたとされる。カタラガマにはムルガンを祀る寺院があり、ヴェッダ人が今日もこの地域に住む。南インドのプラーナは、カタラガマをムルガンがスーラパドマンとの戦いのあいだ軍を駐屯させた場所とする。
タミル・ナードゥとケーララでは、ヴァッリの名が多くの土地神・村落神を指す語としても用いられる。スリランカのロディヤ人とヴェッダ人にも同様の用法がある。
文化的足跡
ヴェールール県のヴァッリマライでは、この女神はポンギの名で知られる。ムルガンの渇きを癒すために水を汲んだという池が今も残る。この池は開けた場所にありながら日光が射さないと伝えられている。
日本語圏では、ムルガン信仰そのものが紹介される機会に乏しく、二人の妃の対比という構図まで語られることはまずない。しかし正式婚と駆け落ちという二つの婚姻の型を一柱の神が併せ持つという設定は、南インドの神話における対称性の作り方を最もよく示す例である。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。