バドラカーリー
バドラカーリ · ランカーラクシュミー · アタルヴァナ・バドラカーリー
「吉祥なるカーリー」を意味する激しい女神。ケーララではナーヤル諸氏族の家門神として祀られ、儀礼劇ムディイェットゥでダーリカとの戦いが演じられる。
解説
概要
バドラカーリー(サンスクリット भद्रकाली、「吉祥なるカーリー」)は、ヒンドゥー教の至高の女神アーディ・シャクティの激しい一形態である。南インドのケーララ州とナーシクでとりわけ篤く祀られる。
ヴィシュヌ派においては、ヴィシュヌの妹にして至高の女神ドゥルガーの化身であるヨーガマーヤーの多くの添え名の一つに数えられる。シヴァ派の一部の伝統では、シヴァの一形態ヴィーラバドラの配偶神にしてシャクティとされる。
神話・物語
名のバドラはサンスクリットで「吉祥な」「幸運な」を意味する。別の解釈は、種子音(ビージャ・アクシャラ)のバとドラに分ける。バは「迷妄」すなわちマーヤーを、ドラは「最も」「最大の」を意味する最上級を表す。両者を合わせると、バドラは「マハーマーヤー」すなわち「大いなる迷妄」を意味しうる。
『ブラフマ・プラーナ』によれば、妃サティーが父ダクシャの祭祀で焼身したことを知って激怒したシヴァは、結い上げた髪で大地を打った。そこから生じたヴィーラバドラとバドラカーリーが、報復のために祭祀を破壊するよう命じられた。
タミルのプラーナには別の物語がある。ランカーの守護者ランカーラクシュミーは、ハヌマーンが市に入るのを阻もうとした。打ち倒された彼女は本来の姿バドラカーリーに戻り、カイラーサへ帰る。ラーマとラーヴァナのランカーの戦いを見たいとシヴァに告げると、シヴァはドラヴィダの地へ行き、自ら顕れたリンガのある寺院に住まうよう指示した。そこで自分が『ラーマーヤナ』をタミル語で著し、彼女に物語を見聞きさせようというのである。
やがてシヴァは、その寺院の神に篤く仕える寡婦チンカラヴァッリの子として生まれた。醜聞を恐れた母は子を捨てるが、在地の首長に拾われてカンバルと名づけられる。チョーラ朝の王のもとで、カンバルと詩人オッタックータルはタミル語で『ラーマーヤナ』を著すよう命じられた。オッタックータルが自らの担当部分を仕上げる一方、カンバルは最後の夜まで手をつけず、そのときサラスヴァティーが代わって詩句を書いたとされる。翌日、その詩は宮廷を驚嘆させ、戦の物語は女神の前で演じられた。こうしてシヴァはカンバルとして約束を果たし、バドラカーリーは見守りながら舞ったという。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、17世紀後半のバソーリー派の細密画である(紙にグワッシュ、チャンディーガル博物館蔵)。パハーリ絵画の一派で、強い色面と大きな眼を特徴とする様式によって、この女神の激しさが描かれている。
図像はカーリーと重なる。黒い肌、乱れた髪、突き出した舌、髑髏の花輪。ケーララにおいては、赤い衣と剣、そして討たれた魔族ダーリカの首を持つ姿で表されることが多い。
「吉祥なカーリー」という名が、この形態の性格を規定している。同じ激しさが、破壊としてではなく守護として働くという理解である。ナヴァドゥルガーのカーララートリーがシュバンカリー(吉をもたらす者)と呼ばれるのと同じ構図が、ここにも現れている。
関わる神格・伝承
ケーララの伝えによれば、『マールカンデーヤ・プラーナ』が語るバドラカーリーの事績——魔族ダーリカを討って世界を悪から解き放つ——はケーララで、カンヌール県マダーイの近くで起きたとされる。女性の名誉を守り、あらゆる霊的知識を授ける女神と見られている。ケーララではナーヤル諸氏族のクラデーヴァター(家門の神)として祀られる。
プラティヤンギラーの別名アタルヴァナ・バドラカーリーにも、この名が含まれる。激しい女神たちのあいだで名が共有され、相互に乗り入れているのは、シャークタ派の女神論に共通する事情である。
文化的足跡
ケーララの寺院芸能ムディイェットゥは、バドラカーリーとダーリカの戦いを演じる儀礼劇であり、2010年にユネスコの無形文化遺産に登録された。夜を徹して行われるこの上演は、神話が今日どのように演じられ続けているかを示す。
日本語圏では、カーリーの名は広く知られる一方、その「吉祥な」形態が独立した信仰の対象であることはほとんど紹介されていない。恐ろしい姿と吉祥の性格が矛盾しないという理解は、ヒンドゥー教の女神論の核心にある。