ベリアル
ベリアール · ベリアー · Beliar
名を「無価値なもの」と訳す悪魔。もとはヘブライ語聖書で邪悪な人間を形容する普通名詞であり、死海文書で闇の子らの指導者として人格化された。中世には法廷でイエスを訴える弁論家として語られた。
解説
概要
ベリアル(ヘブライ語 בְּלִיַּעַל)は、ほかの悪魔と成り立ちが違う。バアルやアシュトレトのように、もとが異教の神だったわけではない。この語はヘブライ語聖書において「無価値」「邪悪」を意味する普通名詞であり、人を形容する言葉として二十数回現れる。それが人格を得て悪魔になった。神が悪魔になるのではなく、語が悪魔になった例である。一神教の伝承における悪魔化には、この経路もある。
神話・物語
『申命記』13章の偶像崇拝者、『士師記』のギベアの男たち、『サムエル記上』のエリの息子たちやナバル——これらはいずれも「ベリアルの子ら」と呼ばれる。セム語における「〜の子」は血縁ではなく属性を指す言い方であり、原義は「無価値によって定義される者たち」に近い。
人格化が明確になるのは死海文書である。『光の子らと闇の子らの戦い』(1QM)において、ベリアルは闇の子らを率いる指導者として現れる。新約聖書では『コリントの信徒への手紙二』に一度だけ名が見え、これを根拠にサタンの別名とみなす解釈も生まれた。
外典『バルトロマイの福音書』はさらに踏み込む。ベリアルは使徒バルトロマイに対し、自分はかつてサタナエル(神の使者)と呼ばれ、神の似像を拒んだのちサタナス(タルタロスを管理する天使)となったこと、自分こそ神が最初に造った天使であり、ミカエル・ガブリエル・ウリエル・ラファエルらは自分の後に造られたことを語ったという。
図像と象徴
この悪魔の像を決めたのは、法廷の場面である。ヤコブス・デ・テラモが1382年に著した『この不愉快なるベリアルの書』——通称『ベリアルの書』——は、ベリアルが地獄の公認代表として神を訴える訴訟劇を描く。イエスが地獄の権利を侵したという訴えに対し、イエスはモーセを弁護人に立て、ソロモン王が裁く。判決はイエスに有利となり、ベリアルは控訴する。控訴審はエジプト王の代理ヨセフが、オクタウィアヌス、アリストテレス、エレミヤ、イザヤからなる委員会とともに討議した。最終的にイエスは無罪となるが、最後の審判ののち不善な者に権威を振るう権利はサタンに認められる、という決着になる。
15世紀の刊本に付された木版画は、モーセとソロモンの前に立つベリアルを描く。角と尾を備えた姿でありながら、法廷の作法にのっとって振る舞っている。神と悪魔の裁判という主題が中世に広く行われたのは、神とキリストの権威の正当性を訴訟の形で論証し、教会の正当性を確かめる装置だったからである。
系譜と関係
近世のグリモワールはベリアルを高位に置く。『ゴエティア』は序列68番の王とし、八十の軍団を率い、ルシファーに次いで創造された天使であり、天にあってはミカエルより尊い位階にあったと自ら語るとする。燃え上がる戦車に乗り、美しい天使の姿で現れるが、召喚者が供犠を捧げなければ真実を答えないという。『術士アブラメリンの聖なる魔術の書』はルシファー、レヴィアタン、サタンと並ぶ四人の上位君主に数え、アグリッパ『隠秘哲学』は「不正の器」と呼ばれる第3位階の君主とする。
文化的足跡
ミルトン『失楽園』(1667年)のベリアルは、堕ちた天使のうち誰よりも端麗で威厳に満ちた者として描かれ、しかしその美はすべて偽りの虚飾にすぎないと切り捨てられる。悪徳のために悪徳を愛する者という評も、ここに由来する。ヴィクトル・ユゴー『海に働く人びと』は、コラン・ド・プランシーにならい、ベリアルを地獄からトルコへ派遣された大使として挙げている。