ラファエル
ラファイル · ラファエール · Raphael
名を「神は癒す」と訳される大天使。正典に名は現れず、外典『トビト記』でトビアスの旅に同行し、その父の盲いた目を癒す者として語られる。薬剤師・盲人・旅人の守護者とされる。
解説
概要
ラファエル(ヘブライ語 רְפָאֵל)は「神は癒す」を意味する名を持つ大天使である。他の大天使と違い、ユダヤ教とプロテスタントの正典にその名は現れない。名が語られるのは旧約聖書外典『トビト記』と『エノク書』であり、この所在の不安定さが、後の扱いの差をそのまま生んだ。一神教の伝承において、正典の外で育った像の典型である。
神話・物語
『トビト記』が唯一まとまった物語を伝える。ラファエルは旅人の杖と水筒を持つ人間の姿をとり、「アナニアの子アザリア」と名乗ってトビアスの旅に同行する。道中トビアスを襲った巨大な魚から胆嚢を取らせ、それを薬として父トビトの盲いた目を癒し、また義理の娘サラを苦しめていた悪魔アスモダイを退けたのち、みずからの正体を明かす。
ユダヤ教の伝承では、天使と格闘して外れたヤコブの関節を戻し、高齢で割礼を受けたアブラハムの痛みを和らげたと伝えられる。新約聖書に名はないが、『ヨハネによる福音書』5章に見えるベトサダの池で水を動かして病を癒す天使は、伝統的にラファエルと結びつけて考えられてきた。
図像と象徴
図像は物語に直結する。旅装の青年が少年トビアスの手を引き、トビアスは薬となる魚をぶら下げている——この「トビアスと天使」の構図が、ラファエル像のほぼすべてである。持物は杖と水筒、そして魚。ネリ・ディ・ビッチやポッライオーロ、ティツィアーノに帰される作例が知られる。武人のミカエル、告知のガブリエルと並べると、この三者が持物によって明確に描き分けられていることが分かる。
系譜と関係
『トビト記』の位置づけが教派によって揺れたことが、ラファエルの扱いを分けた。ユダヤ教は後にこれを正典から外し、マソラ本を重んじたマルティン・ルターも同じ判断を下した。結果としてこの書を正典とするのは現在カトリック教会と正教会であり、ラファエルに捧げられた聖堂がミカエル・ガブリエルに比べて著しく少ないのは、この事情による。
ミカエル・ガブリエルとともに三大天使を構成する。イスラームのイスラーフィールと同一視されることがあるが、これは外部からなされた対応づけであって、両者の伝承がもともと一つであったわけではない。
文化的足跡
カトリック教会では薬剤師、盲人、病者、旅人の守護聖人とされ、守護天使を統べる天使とも位置づけられる。祝日はミカエル・ガブリエルと同じ9月29日である。サン・ラファエルを名に持つ地名がフランス、カナダ、そしてボリビア・アルゼンチン・チリ・メキシコなどラテンアメリカ諸国に点在するのは、この崇敬が航海と入植の道筋に沿って運ばれた跡である。