化け狸
妖狸 · 古狸 · 怪狸
人を化かし、腹鼓を打つと語られる狸の妖怪。狐と並ぶ変化の名手とされ、四国・佐渡・淡路には名をもつ狸が神として祀られる例も多い。
解説
概要
化け狸(ばけだぬき)は、人を化かし、あるいは人の姿に化けると伝えられる狸の妖怪である。妖狸(ようり)・古狸(こり)・怪狸(かいり)などとも呼ぶ。沖縄と島嶼部を除くほぼ全国に伝承があり、とりわけ四国・佐渡島・淡路島に厚く分布する。狐と並ぶ変化の名手とされ、「狐七化け狸八化け」ということわざは狸に一日の長を認める。ただし、たぶらかす相手を破滅させる話は少なく、笑い話に落ち着くものが多いのが狸の特徴である。
登場する物語
文献に見える最も古い例は、『日本書紀』推古天皇三十五年(六二七)の条で、陸奥国に狢(むじな)が現れて人となり歌をうたったと記す。以後『日本霊異記』『宇治拾遺物語』『古今著聞集』など、平安から鎌倉の説話にも「狸」の字で示される獣が登場する。
昔話としての化け狸は、いくつかの型に整理できる。ひとつは八畳敷きの陰嚢を座敷や大寺院と見せかけて人を招き入れ、煙草の火や針を落とされて正体を現す型である。もうひとつは、姿を変えて夜道の通行人にまとわりつく型で、傘をさして招く傘差し狸(徳島)、赤い袖無し半纏の子どもに化けて背負えとねだる赤殿中(徳島)、重箱を提げた老婆に化ける重箱婆(熊本・宮崎)などが各地に伝わる。徳利に化けて坂を転がり、拾おうとする者を谷へ落とす徳利ころがし(徳島)のように、器物に化ける話も多い。
音の怪異も狸の仕業とされた。どこからともなく太鼓や囃子の音が聞こえる狸囃子は、江戸では本所七不思議・番町七不思議に数えられた。童謡「証城寺の狸囃子」は千葉県木更津の證誠寺に伝わる伝説によるものである。群馬県館林の茂林寺に伝わる文福茶釜は、狸が守鶴という僧に化けて七代にわたり寺に仕え、汲んでも尽きぬ茶を沸かしたという話で、のちに昔話「分福茶釜」として広く知られた。
図像と象徴
「狸」という漢字は、もともと中国でヤマネコを中心とする中型の哺乳類を漠然と指す字であった。日本にヤマネコに当たる獣がいないため、古代から中世の知識人はこの字をタヌキ・ノネコ・アナグマ・イタチ・ムササビなどに場当たり的に当てた。『日本霊異記』の「狸」に「ネコ」の訓がある例、『本草色葉集』(一二八四年)や『壒嚢鈔』(一四四五年)で依然「狸」に「ねこ」と訓む例は、その混乱を示す。狸とムジナ(狢)・猯(まみ)の区別が今なお定まらないのも、同じ根に発する。
図像としての化け狸は、江戸期に定型を得た。腹鼓を打つ姿と、誇張された巨大な陰嚢がその二本柱である。前者は狸囃子の視覚化であり、後者は「狸の金玉八畳敷き」という慣用句を絵に翻案したものと考えられている。『本朝食鑑』巻十一(一六九七年)の狸の項には、化けることを含めこうした挙動が既に記載されている。本項に掲げる鳥山石燕『画図百鬼夜行』の狸図は、腹を突き出して立つ姿を描き、以後の狸画の下敷きとなった。歌川国芳や月岡芳年は、陰嚢を投網や舟に見立てた戯画をさかんに描いている。
恐ろしさより滑稽さが前に出る点で、狸の図像は同じ変化の獣である九尾の狐の系統とは対照的である。狐の変化が傾国の美女として語られるのに対し、狸の変化は失敗して笑われるために存在するかのようである。
関わる伝承と信仰
特別な神通力をもつとされた狸には、名があり、祠が営まれ、信仰の対象となった。佐渡島の団三郎狸、淡路島の芝右衛門狸、香川県屋島の太三郎狸、徳島の金長狸・六右衛門狸、松山のお袖狸などが知られる。愛媛の隠神刑部は八百八匹の眷属を従えたとされ、講談を通じて広く知られた。
こうした狸の祠の多くは、江戸末期から昭和初期に整えられたものである。霊験が評判となって短期間に人を集めた流行神の性格をもつものも少なくない。狸信仰は古層の残存というより、近世後期以降に形を得た信仰として見るのが妥当である。
文化的足跡
「分福茶釜」「かちかち山」といった昔話を通じて、化け狸は近代以降の児童文学・アニメーションに受け継がれた。信楽焼の狸の置物は今日では狸のイメージそのものになっているが、これは近代に作られた造形であり、江戸の狸画から直接つながるものではない。「同じ穴の狢」「狸寝入り」「古狸」といった言い回しにも、この獣に対する見方がよく残っている。現代の漫画・ゲームにもしばしば登場するが、その設定は作品ごとの創作である。