ザルパニトゥ
ツァルパニトゥ · サルパニト · Zarpanitu
バビロンの主神マルドゥクの妻とされたメソポタミアの女神。書記の神ナブーの母とされ、エサギラ神殿で夫とともに祀られた。名はバビロン近郊の村ザルパンに由来するとみられる。
解説
概要
ザルパニトゥ(Zarpanītu, Ṣarpānītu)は、バビロンの主神マルドゥクの妻とされたメソポタミアの女神である。名はアッカド語で、古代の学者は「ザルパンの町の女主」と「種を造る者(zēr-bānītu)」という二つの語源を伝えた。今日では、バビロンのすぐ近くにあった村ザルパンに由来するとみるのが有力である。頭の音を ṣ で転写する書き方も研究書に残るが、アラム文字で書かれたセフィーレ碑文の綴り zrpnt などを根拠に、z を採る研究者が多い。
性格について分かることは少なく、ウェステンホルツは彼女とナブーの妻タシュメートゥを「神の妻の原型」にすぎないとみた。後期の資料では出産に結びつく母性的な女神として現れ、エルアの名では妊娠の女神として祀られた。前1千年紀には夫の地位を映して「バビロンの女王」「エサギラの女主」と呼ばれ、占いとの結びつきや神々の女王の位など、夫と対をなす性格を与えられることもあった。
神話・物語
アッシュルバニパルの文庫から出た断片的な神話は、ザルパンの町が彼女にちなんで名づけられ、父エンリルから彼女に贈られたと語る。町の名から女神が生まれたとみる今日の理解とは逆の、民間語源の物語である。続いてエアが彼女の美徳をたたえ、息子マルドゥクにふさわしい妻として薦め、二神でともに海を治めるよう勧める。神名表が彼女に与える名ニンアブドゥブル(「海の基の女主」)は、この場面を映すものかもしれない。
文学作品の『正しき苦難者の詩(ルドルル・ベール・ネーメキ)』では、主人公が、エサギラの彼女の神室の門とみられるカヒリス門で彼女に祈る。祈る者のために夫へ取りなす女神ともされたが、セリーヌ・ドブールスによれば、彼女は取りなしを求める者を中傷もし賞賛もする両義的な姿で描かれることがあり、許しもし罰しもするマルドゥク自身の姿と対応している。
図像と象徴
彼女に固有の図像は知られていない。主画像に掲げたのは、アッシュルバニパルがマルドゥクとザルパニトゥの二神に捧げた讃歌の粘土板である(ニネヴェ出土、大英博物館 K.4401)。各行の最初の字を縦に読むと「われはアッシュルバニパル、汝に呼びかける者。生命を与えよ、マルドゥクよ、さらば汝を讃えん」となる折句(アクロスティック)になっている。
エサギラでの彼女の神室はエダラアンナ(「天の野山羊の家」)などと呼ばれ、座はエハルアンキ(「天と冥界の秘密の家」)にあった。幻獣ウリディンム(「狂える獅子」)は夫婦の門番とされ、後期の呪文では二神への取りなしを頼まれている。
系譜と関係
夫はマルドゥク。サムス・イルナの年名がすでに二神の組を示し、ヴァイドナー神名表も二神を並べる。子は書記の神ナブーで、中アッシリア期のアン=アヌム神名表ではマルドゥクの宰相とされたナブーが、後代に息子として家族に加えられた。夫の父エアから見れば義理の娘にあたる。エアの妻ダムガルヌンナの後代の名ダムキアンナが、彼女を指して用いられた例もある。
別名のエルアとパプヌンアンキは、もとアサルルヒの妻の名であった。前18世紀にマルドゥクがアサルルヒと同一視されると、これらの名もザルパニトゥに移った。アッシリアでは、センナケリブのもとでマルドゥクとアッシュルが重ねられたのに伴い、アッシュルの妻シェルアとも同一視された。前8〜7世紀には、バビロンの優位を示すため、ウルクとバビロンのイシュタルを彼女に同化させる試みもあった。
文化的足跡
年代の確かな最古の言及は、バビロンの王スム・ラ・エルの第24年の年名で、彼女の像を造ったことを記念している。古バビロニア期の書簡では最もよく名の挙がる女神の一人であり、バビロンの新年祭にも夫とともに加わった。新バビロニア期には彼女の名を含む人名が知られるが、そのほとんどが女性の名である点で、男性にも用いられたグラやナナヤの名と対照をなす。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。