シュメール期から新バビロニア期まで営まれた、メソポタミアの主要な祭礼。もとは大麦の播種期と収穫期に年二回行われたが、のちに春の新年祭として定着した。新バビロニアのバビロンでは十二日間にわたり、市外のアキートゥ神殿への神像の行列、『エヌマ・エリシュ』の朗誦、王がマルドゥクの神官に頬を打たれて王権を更新する儀礼などが組み合わされた。ボルシッパからナブーの神像が父のもとへ運ばれるのもこの祭においてである。前689年のバビロン破壊ののち、アッシリアのセンナケリブはアッシュル市に新たなアキートゥ神殿を築き、祭の中心をマルドゥクからアッシュルに置き換えた。祭礼が政治の道具でもあったことをよく示す例である。
GLOSSARIUM · AKITU