ヤクシニー
ヤクシー · 薬叉女 · 女夜叉
夜叉の女性形。森と財宝と豊穣の精霊で、樹に寄り添い枝を掴む豊満な姿はインド彫刻の代表的な型。ガンダーラ美術の影響で菩薩化した。仏教における代表は鬼子母神。
解説
概要
ヤクシニー(Yakṣiṇī)またはヤクシー(Yakṣī)は、インド神話におけるヤクシャ——夜叉——の女性の総称である。仏教では男女とも「夜叉」と表記されるが、「薬叉女」と言う場合もある。ヤクシニーをクベーラの妻とする場合もある。
性格
ヤクシャ同様、ヤクシニーは森などに出現する精であったり、財宝の神であったり、豊穣の神であったりする。
ヤクシャとヤクシニー、とりわけヤクシニーはガンダーラ美術の影響もあって「菩薩」化した。このため菩薩か女神のような像になっている。
ジャイナ教ではヤクシニーは基本的には守護神である。二十四人のティールタンカラ(祖師)それぞれに、守護のヤクシャとヤクシニーが配される。
スリランカでヤクシャに相当するのは「ヤカー」と呼ばれる悪霊である。鈴木正崇によれば、ヤカーはもと土地の精霊であり、さらに遡るとサーンチーの仏塔の女夜叉像のような樹木の精霊であったと考えられる。
仏教におけるヤクシニーの代表は鬼子母神(ハーリーティー)である。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、10世紀インドのヤクシー像である。
初期インド美術のヤクシー像は、豊満な身体で樹に寄り添い、その枝を掴む姿——シャーラバンジカー(沙羅樹の枝を折る女)——で表される。女が樹に触れると花が咲くという観念に基づく。豊穣の精霊としての性格が、この造形に集約されている。
釈迦の母マーヤーが沙羅樹の枝を掴んで釈迦を産んだという伝えは、この図像の型を借りている。仏教美術の最初期において、ヤクシーの図像が仏伝の場面に転用された。
関わる神格・伝承
男性の対応はヤクシャ。王はクベーラ。仏教における代表は鬼子母神。
ヤクシーの図像は、のちの仏教・ヒンドゥー教の女神像——ラクシュミー、ターラーなど——の造形の原型となった。
文化的足跡
インド・マトゥラー出土のヤクシー像は、インド彫刻史の代表作として世界の博物館に収められている。日本語圏では、樹の精霊としての女神像が、仏教美術の文脈で紹介される。
なお仏教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。