チコメコアトル
チコモロツィン · シロネン · チャルチウシワトル
アステカ神話のトウモロコシと食物の女神。名は暦の日付「七の蛇」に由来する。紙の頭飾りを戴き、両手に穂を掲げた姿で表される。
解説
概要
チコメコアトル(Chicōmecōātl)は、アステカ神話のトウモロコシと食物の女神である。名はナワトル語で「七の蛇」を意味し、トナルポワリの日付をそのまま神名としたものである。チコモロツィン(七つの穂の君)、チャルチウシワトル(翡翠の女)、シロネンといった別名をもつ。
トウモロコシの神格は性によって分かたれ、男神センテオトルに対する女性側の相がこの女神にあたる。両者は穀物の局面によっても呼び分けられ、翌年の播種のために取り分けて乾かした種トウモロコシをチコメコアトル、収穫後に食される穀物をセンテオトルと呼んだと伝えられる。
この女神は恵みだけを司るのではない。豊作をもたらす神であると同時に、凶作の年にはその責めを負わされた。名の「七」は、そうした二面性を示すものと解されている。
神話・物語
筋立った説話はほとんど伝わらず、この女神を知る手がかりは祭祀にある。
主要な祭はウェイ・トソストリであった。播種を控えたこの月、女司祭たちが翌季に蒔く種トウモロコシを選び分け、若い穂と食物が神前に供えられる。豊作を請うて人身供犠も行われ、幼い子を贄とする祭が記録されている。乾いた種が神の名を負い、その種が司祭の手で選ばれるという手順そのものが、この神格の内容をなしている。
シロネンの名は「未熟な緑の穂」を意味する。これをチコメコアトルの若い相とみる資料がある一方、独立した若い穂の女神とし、第8月ウェイ・テクイルウィトルの祭に結びつける資料もある。穀物の生育段階に応じて神格が分岐していく体系であり、どこまでを一柱と数えるかは資料の側ですでに揺れている。
図像と象徴
顔を赤い顔料で塗り、アマカリ(紙の家)と呼ばれる大きな四角い紙の頭飾りを戴く。この頭飾りが最も目立つ徴である。水の花を散らした衣をまとい、足には泡飾りのサンダルを履く。手には日輪をかたどった盾を持つこともある。
決定的な標識はトウモロコシの穂である。両手に一本ずつ穂を掲げるか、背に負う姿で表される。頬に短い線を引く化粧と大きな頭飾りは水の女神チャルチウィトリクエとも共通しており、絵文書ではしばしば紛らわしいが、穂を持つかどうかで見分けられる。
この女神は三つの相で描き分けられた。花を運ぶ若い娘、抱擁によって死をもたらす女、そして太陽を盾として構える母である。実りと死が同じ一柱に配されている点は、アステカの大地神に共通する。
石彫では、正面を向いて立ち、両手に穂を握り、方形の頭飾りを戴く定型の像が数多く残る。メトロポリタン美術館や大英博物館に伝わる玄武岩像はいずれも同じ形式にしたがっており、この種の像が家々や畑の祭祀のために繰り返し作られていたことをうかがわせる。
系譜と関係
センテオトルと対をなし、両者を一組として扱う資料が多い。庇護のもとに置かれるのは雨神トラロックであり、雨と穀物という従属関係が神々の配置にも表れている。花と悦びの神ショチピリ、水の女神チャルチウトリクエとも近い位置にあり、若さ・花・水・穀物が一群をなす。
トウモロコシを女神として立てる発想はメソアメリカに広く見られるが、造形は体系ごとに異なる。マヤのトウモロコシ神が若い男性として、しばしば長く伸びた穂を頭髪に見立てて表されるのに対し、アステカでは男女に分かれ、さらに生育段階ごとに分岐した。同じ作物を神とする点だけを取り出して同一の神格と扱うことはできない。
文化的足跡
征服後、トウモロコシの祭祀は聖人暦のなかへ移された。現在もメキシコ各地に残る種選びと初穂の儀礼には、この女神に捧げられた所作の名残を見る研究がある。ただし数世紀の混淆を経ており、どこまでを連続とみるかは慎重を要する。