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PLATE — ВОЛКОЛАК
SLAVI · スラヴ神話
ВОЛКОЛАК

ヴォルコラク

ヴコドラク · ヴルコドラク · ヴァウカラク

一定のあいだ狼の姿をとるスラヴの変身者。理性は保つが言葉を話せない。呪術師が自ら望んで変わる場合と、呪いによって変えられる場合とが語られる。

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解説

概要

ヴォルコラク(волколак、волкодлак、ベラルーシ語 ваўкалак、ポーランド語 wilkołak、ウクライナ語 вовкулака)は、一定のあいだ狼の姿をとるスラヴの変身者である。名は「狼」と「毛皮」を意味する語の合成と解されている。

外見はふつうの狼と変わらない。ただし歩き方や振舞いに人の名残があり、それと知れることもある。理性は保っているが、言葉を話すことはできない。この「話せない」という一点が、スラヴのヴォルコラクを苦しめる。

人が獣に変わるという主題はヨーロッパに広く分布し、汎ヨーロッパ的な形象については狼男の項に譲る。本項では、スラヴ圏に固有の語られ方を扱う。

登場する物語

伝承は二筋に大きく分かれる。自ら望んで狼になる者と、他人に変えられる者である。

呪術師は自分の意志で狼になった。呪文を唱え、呪力を帯びた物を跳び越え、またぎ、くぐり、あるいは宙返りして身にかぶる。人に戻るには、同じ動作を逆の順序で繰り返す。人に害をなすために、彼らは進んで狼になる。

生まれつき定期的に変身する者もいた。親の振舞いの報い、あるいは自分の罪の罰とされる。人の姿のときにも狼の毛のような髪といった獣の徴が現れ、変身は夜、あるいは特定の季節に起こる。この種のヴォルコラクは狼の姿のとき自分を制御できず、家畜を襲い、人を——身内さえも——襲う。食人が語られることもある。天体の食を彼らと結びつける古い言い伝えもあり、1262年のセルビアのイロヴィツァ写本と1282年のルーシのコルムチャヤ書には、雲を追い、月と太陽を食らうヴルコドラクが記されている。この語の最も古い記録である。

第三の型が、最もよく語られた。呪術師や魔女が、たいていは復讐のために人を狼に変える。呪いをかけた狼の毛皮を投げかける、帯で縛る、通り抜ける戸口に呪をかける——手口はさまざまである。とりわけ人気があったのが、婚礼の一行をまるごと狼に変えてしまうという筋であった。期間は数日から数年に及ぶ。

意に反して狼にされた者の描写が、この伝承のいちばん切実な部分である。彼らは恐れと絶望に苦しみ、人の暮らしを恋しがり、本物の狼の群れには混じらない。腐肉と生肉を口にせず、草の実や人から盗んだ食べ物でしのぐ。人の姿に戻す手立ても数多く語られた。

図像と象徴

スラヴ固有の古い図像は知られていない。本項では主画像を置いていない。汎ヨーロッパの狼男の図像については狼男の項を参照されたい。なお、イヴァン・ビリビンがブィリーナの英雄ヴォルフ・フセスラーヴィエヴィチを「変身者」として描いた図があるが、そこで彼がとるのは狼ではなく金の角の野牛の姿であり、この項の主画像には適さない。

象徴としては、スラヴ文化における狼の意味がそのまま持ち込まれている。火の蛇が人の女に生ませた子が狼になるという伝えもある(火の蛇の項を参照)。狼は境界の獣であり、家畜と人里を脅かす外部でありながら、同時に力と勇の象徴でもあった。研究者は、この伝承の源を古い狼のトーテム信仰と、若者の通過儀礼——一定期間、共同体の外で狼として暮らす——に求める。身体や精神に障害のある人、あるいは老いて病んだ狼を目にした経験も、この像に影を落としたと考えられている。

関係する神格・退治した英雄

分布には濃淡がある。ウクライナ人、ベラルーシ人、東部のポーランド人のあいだで最もよく保たれ、ロシアではヴォルコラクという語は南部にしか記録がなく、他の地域では単に「オボロテニ(変身者)」と呼ばれた。スロヴァキア、とりわけチェコでは伝承が乏しく、ソルブ人では下ラウジッツにわずかに残る。南スラヴでは、ヴォルコラクと吸血鬼(ウピル)の観念がしばしば混ざり合い、スロヴェニアを除けばほとんど融合している。セルビア・クロアチア語のヴコドラクが吸血鬼を指すのは、この混同の結果である。

古さの手がかりとしてしばしば引かれるのが、ヘロドトスの記すネウロイ人である。前6〜5世紀に現在のウクライナかベラルーシのあたりに住んだこの部族について、彼はこう書く——この人々は呪術師らしい。少なくともスキタイ人と彼らのあいだに住むギリシア人は、ネウロイ人がみな年に数日狼になり、それからまた人の姿に戻ると言っている。儀礼としての「変身」、すなわち仮装を指すという読みが有力である。ただし、これがネウロイ人自身の観念なのか、スキタイ人かギリシア人の側の見方なのかは決められない。

スラヴ人自身についての最も早い証言は、ブルガリアの王子ボヤン(魔術師ボヤン、910頃–970頃)の超自然的な能力に触れたイタリアとビザンツの年代記である。バヤンは魔術を極めるあまり、あるとき不用意に狼か、それに似た獣に変じてしまったという。『イーゴリ遠征物語』(1185年)では、ポロツク公フセスラフが夜ごと狼となって走り、ホルスの道を横切る。ブィリーナのヴォルフ・フセスラーヴィエヴィチ(ヴォリガ・スヴャトスラーヴィチ)は、灰色の狼に化ける知恵を身につけた者として歌われる。セルビアの叙事詩では、英雄ヴク・グルグレヴィチ(原型はデスポト・ヴク・ブランコヴィチ、1485年没)が狼に変わる。イヴァノフとトポロフは、これらを全スラヴ的な「狼の英雄」の存在を示すものと見た。

15〜18世紀のポーランドでは、ヴォルコラクの信仰が年代記と悪魔学の著作にたびたび現れる。当時のヨーロッパの通念に従い、ポーランドの著者たちは実際の変身を否定し、悪魔が見せる幻にすぎないと論じた。最も早い記録の一つが、森で捕らえられたマズーリの農民の一件である。体毛が異常に濃く、犬に噛まれたとされる無数の傷跡があり、狼の姿で隣人の家畜を襲ったと告発された。洗礼者ヨハネの日とクリスマスに向けて次第に狼になっていくのだという。プロイセン公アルブレヒト(1490–1568)の城の地下に閉じ込められたが、待たれた変身は起こらず、その後おそらく生きたまま焼かれた。17〜18世紀のポーランドの「魔女」裁判では、牝狼に変じたことが罪状の一つに挙げられている。

文化的足跡

伝承の大半は、他のスラヴの下位神話と同じく19〜20世紀に採録された。20世紀に入ると、伝統的信仰の衰えと狼そのものの減少にともなって信仰は薄れたが、地域によっては今も語られている。

現代の都市伝承では、スラヴ固有のヴォルコラク像は、映画が作った「満月に変身し銀の弾丸で倒される狼男」に置き換えられつつある。話せないまま人の暮らしを恋しがる、というこの伝承の核心は、その置き換えのなかで最初に失われた部分である。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q22815043 — 骨格データの出典