維摩居士
ゆいまこじ · 維摩詰 · 浄名
ヴァイシャーリーの富豪で釈迦の在家弟子。病床で文殊菩薩と不二の法門を論じ、最後に沈黙して「一黙、雷のごとし」と讃えられた。方丈の語の由来。中国では文人の理想像とされた。
解説
概要
維摩居士(Skt: Vimala-kīrti、音写:毘摩羅詰、維摩詰、漢訳:浄名、無垢称)は、古代インドの商人で、釈迦の在家の弟子である。居士とは在家の弟子のこと。
古代インド毘舎離城(ヴァイシャーリー)の富豪で、釈迦の在家弟子となったという。前世は妙喜国に在していたが化生して、その身を在俗に委ね、大乗仏教の奥義に達したと伝えられ釈迦の教化を輔けた。無生忍という境地を得た法身の大居士といわれる。
なお、彼の名前は維摩経を中心とする北伝の大乗経典を中心として見られるもので、架空の人物と見る向きもある。一方、南伝パーリ語文献である大般涅槃経に「威徳無垢称王」なる記述があり、これを維摩とした場合には実在人物とみなされる。
維摩経
維摩経によれば、彼が病気になった際、釈迦が誰かに見舞いに行くよう勧めたが、舎利弗や目連、大迦葉などの阿羅漢の声聞衆は彼にやり込められたことがあるので、誰も行こうとしない。また弥勒などの大乗の菩薩たちも同じような経験があって誰も見舞いに行かなかった。そこで釈迦の弟子である文殊菩薩が代表して、彼の方丈の居室に訪れた。
そのときの問答は有名である。文殊が「どうしたら仏道を成ずることができるか」と問い、維摩は「非道を行ずる」と答える。さらに不二の法門について菩薩たちが順に語ったのち、文殊が「言葉で語れないことこそ不二」と述べ、最後に維摩に問うと、維摩は沈黙した。文殊はこれを讃えた——「維摩の一黙、雷のごとし」。
妙喜国から化生したという設定は、阿閦如来の浄土である阿比羅提と結びつく。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、敦煌の壁画に描かれた維摩と文殊の問答である(8世紀)。
維摩居士の図像は、病床に横たわり、あるいは床几に坐して文殊と対論する姿で表される。中国では文人の理想像として、髭を蓄えた老人の姿で描かれた。日本では、奈良・法華寺の維摩居士像(8世紀)が知られる。
在家でありながら出家者を凌ぐ智慧を持つという設定が、この人物を規定する。方丈——一丈四方の居室——という語は、維摩の部屋に由来し、のちに寺院の住持の居室を指す語になった。
関わる神格・伝承
文殊菩薩との対論。阿閦如来の浄土からの化生。
『維摩経』は、鳩摩羅什の漢訳を通じて東アジアに広く読まれ、聖徳太子の『維摩経義疏』をはじめ多くの注釈が書かれた。
文化的足跡
「維摩の一黙」は、言葉を超えた悟りを示す禅の公案として繰り返し引かれる。中国の文人画において、維摩は理想の在家者として描かれ続けた。
なお仏教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。