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舎利弗
PLATE — शारिपुत्र
DHARMA · 仏教の尊格
शारिपुत्र

舎利弗

シャーリプトラ · 舎利子 · 鶖鷺子

舎利弗の図/CC BY 4.0 CC BY 4.0

釈迦の十大弟子の筆頭で智慧第一。バラモンの家に生まれ懐疑論者に師事したが、アッサジの一偈を聞いて法眼を得た。教義の解説を担い阿毘達磨の伝統の祖とされる。大乗経典では維摩居士に論破される役を担う。

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解説

概要

舎利弗(しゃりほつ、梵 Śāriputra)は、仏教の開祖釈迦の十大弟子の一人である。

梵語名シャーリプトラのシャーリは母親の名「シャーリー(鶖鷺)」から取られており、プトラは「息子」を意味するため、漢訳では舎利子、鶖鷺子とも表記される。

舎利弗は釈迦の直弟子のなかでも上首に座した。とりわけ十大弟子の筆頭に挙げられ智慧第一と称され、親友かつ修行者として同期であった神通第一の目連と併せて二大弟子とも呼ばれる。

生涯

舎利弗は北インドのマガダ国の首都王舎城(ラージャグリハ)北部のナーラカ村出身で、司祭階級(バラモン)の家柄であり、幼名はウパティッサといった。

生来聡明でバラモンの跡継ぎとして期待されながらヴェーダ聖典を修めていたが、次第にバラモン教への不信感を募らせ、友人の目連とともに懐疑論者サンジャヤ・ベーラッティプッタに師事した。しかし満足せず、二人は「どちらか先に不死の法を得た者が他方に伝える」と誓った。

ある日、舎利弗は釈迦の弟子アッサジに出会い、その静かな威儀に打たれて教えを問うた。アッサジが答えた「諸法は因より生ず、如来はその因を説く」の偈を聞いて、舎利弗はただちに法眼を得た。目連にこれを伝え、二人は二百五十人の弟子とともに釈迦に帰依した。

釈迦の教団において、舎利弗は教義の解説を担った。『阿毘達磨』の伝統は、この弟子に遡るとされる。釈迦に先立って入滅した。

大乗仏教における位置

大乗経典において、舎利弗はしばしば小乗の代表として描かれる。『維摩経』では、維摩居士に論破される。『般若心経』は、観自在菩薩が舎利子に語りかける形式をとる。

智慧第一の弟子が、大乗の智慧の前では及ばないという構図である。教団の筆頭弟子が、新しい教えの受け手として置かれている。

図像と象徴

本サイトが掲げるのは、舎利弗の図である。

釈迦三尊の脇侍として、舎利弗と目連が配される作例が中国と日本にある。

関わる神格・伝承

母はシャーリー。友は目連。十大弟子の筆頭。

文化的足跡

「舎利」は釈迦の遺骨を指す語として広まったが、舎利弗の名とは無関係で、サンスクリットのシャリーラ(身体、遺骨)に由来する。ただし混同されることが多い。

なお仏教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q320142 — 骨格データの出典