ネストール
ネストル · Nestor · Νέστωρ
ピュロスの王でトロイア戦争のギリシア軍最年長の将。三代の人間を見た老将として助言を与えるが、パトロクロスに武具を借りるよう勧めた助言がその死を招いた。英雄の多くが悲惨な最期を迎えるなか穏やかに生涯を終えた。
解説
概要
ギリシア神話において、ネストール(Nestor)はピュロスの王であり、トロイア戦争におけるギリシア軍の最年長の将である。
ネーレウスとクローリスの子。ヘーラクレースがピュロスを攻めてネーレウスとその子らを殺したとき、ネストールだけが生き残ったとされる。
『イーリアス』における位置
『イーリアス』において、ネストールは三代の人間を見たとされる老将である。戦場では若い者ほど働けないが、その助言によって軍を導く。
第一歌において、アガメムノーンとアキレウスの争いを仲裁しようと試み、失敗する。以後も繰り返し助言を与えるが、その助言はしばしば長く、また必ずしも良い結果を生まない。
第十一歌では、パトロクロスにアキレウスの武具を借りて戦うよう勧める。この助言がパトロクロスの死を招き、アキレウスの復帰につながる。物語を動かす助言である。
長広舌。 ネストールの語りは、しばしば自らの若い頃の武勲の回想に及ぶ。「私が若かった頃は」と語り始める型は、以後の文学における老人の話し方の原型となった。
『オデュッセイア』
『オデュッセイア』第三歌において、テーレマコスは父の消息を求めてピュロスのネストールを訪れる。ネストールは歓待し、トロイアからの帰還の顛末を語るが、オデュッセウスの行方は知らなかった。
戦争を生き延び、無事に帰国し、老いて栄えた将——他の英雄の多くが悲惨な最期を迎えるなかで、ネストールだけが穏やかな生涯を送る。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ブリーセーイスとポイニクスを描いた壺絵である(ルーヴル美術館蔵 G152)。
老いた助言者という位置が、この人物を規定する。武勇ではなく言葉によって軍に貢献する。ただしその助言が常に正しいとは限らない点が、単純な賢者の型と異なる。
関わる神格・伝承
父はネーレウス、子はアンティロコス(トロイアで戦死)、トラシュメーデース、ペイシストラトス。
文化的足跡
「ネストール」は、集団のなかの最年長にして最も経験ある人物を指す言葉として、西洋の各国語に残る。
1939年にピュロスで発見された「ネストールの宮殿」は、ミュケーナイ時代の王宮遺跡であり、線文字Bの粘土板が大量に出土した。