セムラ
セミア · semla
エトルリアの女神で、酒神フフルンスの母。ギリシアのセメレーにあたるが、死後も成人した息子と並んで描かれる。
解説
概要
セムラ(エトルリア語 semla、セミアとも)は、エトルリア神話の女神である。ギリシアのセメレーにあたり、ティニアによって酒神フフルンスを産んだ。名も物語もギリシアから入ったものだが、その後の扱いはエトルリアで独自の形を取った。
神話・物語
誕生譚はギリシアの型をそのまま踏む。身重のセムラがティニアの雷に打たれて死に、ティニアが胎児を自らの腿に縫い込んで産み直す。
ギリシアの伝承では、セメレーはここで一度死ぬ。のちにディオニューソスが冥界から母を連れ出して不死を得させるという続きが語られるが、それは物語の末尾に置かれた挿話である。
エトルリアの図像は、これと様子が違う。死んだはずのセムラが、成人したフフルンスと並んで繰り返し描かれるのである。母の復活か不死化を前提としなければ説明がつかない。さらにその抱擁は、エトルリア美術で恋愛の関係を示すために用いられる型で描かれることがある。母と子の関係が、ギリシアの筋には見られない色を帯びている。この差が、失われた土着の物語の反映なのか、それとも図像の慣習が生んだ見かけにすぎないのかは、決めがたい。
図像と象徴
前4世紀の銅鏡は、テュルソスを手にしたセムラが、抱き寄せてくる若いププルンス(フフルンス)に口づける姿を刻む。傍らに月桂の枝を持つアプル(アプル)が立ち、少年のシレーノスがアウロスを吹く。名が銘記されているため同定の確かな作例である。
ベルリンの古代美術収集にある前4世紀の鏡にも、アプル、セムラ、フフルンスの三名が並んで刻まれている。本項に掲げたのはその線描である。
セムラ固有の持物というものはない。テュルソスを持つのは息子の領分を分け持つ形であり、この女神が独立した性格を与えられていなかったことを示す。
系譜と関係
ティニアとのあいだにフフルンスを産んだ。ギリシアではボイオーティアの英雄カドモスの娘とされるが、エトルリアの資料にその系譜は現れない。息子との組み合わせだけが伝わっている。
文化的足跡
セムラの名は残らなかった。この女神が示すのは、むしろ受容のしかたである。ギリシアの物語を取り入れるにあたって、エトルリア人は筋書きをそのまま写したのではなく、図像として繰り返し描くうちに別の関係を作り出していった。文献を持たない宗教が神話をどう変えるかを考える手がかりとして、この母子の図は繰り返し論じられている。