ラハブ
ラハブ · ラハヴ · Rahab
「荒れ狂う者」を意味する旧約聖書の海の怪物。神が創造の前に打ち破ったとされ、バアルとヤム、マルドゥクとティアマトの戦いと同型である。同時にエジプトを指す詩的な呼称でもあり、出エジプトが混沌との戦いと重ねられている。
解説
概要
ラハブ(「荒れ狂う者」)は、旧約聖書の詩の言葉に現れる海の怪物で、神が世界を造る前に打ち破った混沌の力を表す。同時に、エジプトを指す詩的な呼び名としても用いられた。神が混沌の怪物を打ち破って世界を秩序づけるという物語は、カナンやメソポタミアの神話と同じ形をしており、旧約聖書の詩句にその断片が残っているのである。ヨシュア記に登場するエリコの女性ラハブとは、ヘブライ語の綴りの違う別の名である。
なお本サイトの分類では、アブラハムの体系に含めて扱う。
打ち砕かれた混沌の怪物
ラハブは、『詩篇』89篇10節、『ヨブ記』9章13節と26章12節、『イザヤ書』51章9節に現れる。『詩篇』は「あなたはラハブを砕き、殺された者のようにされた」と歌い、『ヨブ記』は、神の力が海を静め、その知恵がラハブを打ち砕くと語る。神が世界を造る前に、混沌の怪物を打ち破ったという構図である。
同じ役を担う怪物として、レヴィアタンやタンニンがいる。この構図は、カナンの神話で嵐の神バアルが海の神ヤムを打ち破る物語や、メソポタミアの『エヌマ・エリシュ』でマルドゥクがティアマトを打ち倒す物語とも同じ形をしている。天地の創造を戦いとみる、古代の近東に広く見られた考えが、旧約聖書の詩句に断片として残っているのである。
エジプトの呼び名
『イザヤ書』30章7節は、エジプトの助けはむなしいとして、エジプトを「座り込んだラハブ」と呼ぶ。『詩篇』87篇4節も、ラハブとバビロンを並べて挙げている。海の怪物の名が、エジプトを指す詩的な呼び名になったのである。海を分けて民を渡らせた出エジプトの出来事が、混沌の怪物を打ち破る神話と重ね合わされていると考えられる。
エリコのラハブとは別
『ヨシュア記』2章に登場するエリコの女性ラハブは、別の名である。こちらは「広い」を意味する語に由来し、ヘブライ語では綴りの子音が異なる(ה と ח)。日本語の表記では区別できないが、まったく別の言葉である。
後の伝承
タルムードやミドラシュでは、ラハブは海を司る君とされる。イスラエルの民が紅海を渡るとき、海を分けることを拒んだために、神に殺されたという。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
関わる神格・伝承
レヴィアタン、タンニンとともに混沌の怪物の系列をなし、ヤムやティアマトと同じ型に属する。
文化的足跡
天地の創造を混沌との戦いとみる主題は、20世紀の旧約聖書学で「カオスカンプフ」(混沌との戦い)として体系的に論じられた。
なおユダヤ教・キリスト教・イスラームは今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその伝承と観念の歴史に関する学術的な整理である。