ヒュミル
ヒュミール · ヒミル · Hymir
北欧神話のヨトゥン。トールが取りに来た醸造用の大釜の持ち主で、大蛇釣りに同行し、ヨルムンガンドの糸を切った。名の語源は不明である。
解説
概要
ヒュミル(古ノルド語 Hymir)は、北欧神話のヨトゥンである。エーギルがアース神族のために宴を催そうとしたとき、雷神トールが取りに行った醸造用の大釜の持ち主にあたる。
『ヒュミルの歌』ではテュールの父とされるが、『詩語法』ではテュールの父はオーディンである。
神話・物語
『ヒュミルの歌』は、トールとテュールがヒュミルから大釜を得るまでを語る。ヒュミルの頭蓋は異常に硬く、トールがその頭に杯を投げつけると、割れたのは杯のほうであった。
同じ詩は、トールがヨルムンガンド——ミズガルズの大蛇——を釣り上げる場面も伝える。トールはヒュミルとともに釣りに出て、ヒュミルの最良の牡牛の頭を餌に用い、ヨルムンガンドを掛けた。大蛇は自ら逃れたとも、『ギュルヴィたぶらかし』の語るところではヒュミルが糸を切ったともいう。『散文のエッダ』は、トールが大蛇を引き上げようとしたとき、その足が舟底を突き抜けたという細部を加えている。
『ヒュミルの歌』がこのヨトゥンをテュールの父とする点について、研究者ジョン・リンドウは、北欧神話において例のない状況かもしれないと注記する。ロキもまたヨトゥンのファールバウティを父とするが、スノッリが『ギュルヴィたぶらかし』で記すように「アース神族のうちに数えられる」だけであり、本当にその一員というわけではないからである。
名の語源は明らかでない。ノルウェー語のフーメン(humen、「萎えた、疲れた」)やフームレ(humre、「いななく」)と関係するかもしれない。アンディ・オーチャードは「這う者」という訳を提案した。ヒュミルの名は、ケニングにおいてヨトゥンを表す修飾語としてしばしば用いられる。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ニルス・フレードリク・サンデル版『エッダ』(1893年)の挿絵である。ヒュミル、トール、ヨルムンガンドが描かれる。
トールとヨルムンガンドのこの遭遇は、北欧美術において最も好まれた主題の一つであったらしい。三つの絵画石がこの物語と結びつけられ、いずれにもヒュミルが現れる——アルドレ8号石、ヒョルドゥムの石、そしてゴスフォース十字架である。ゴスフォースにあるもう一つの十字架の一部とみられる石板にも、牡牛の頭を餌に用いる釣りの場面がある。アルトゥーナのルーン石にもこの伝説が描かれるが、そこにヒュミルの姿はない。石の幅が狭かったためかもしれない。
図像に繰り返し現れるのは、牡牛の頭と、糸を切る手である。物語における役どころ——釣りに同行し、そして肝心の場面で糸を切る者——が、そのまま造形の主題になっている。
関わる神格・伝承
『ヒュミルの歌』ではテュールの父。大釜をめぐってトールと関わり、エーギルの宴の前提を作る。
ヨトゥンでありながらトールを同行させ、また同行するという関係は、北欧神話にしばしば見られる。ウートガルザ・ロキもフルングニルも、敵でありながら主人役や競技相手を務める。
文化的足跡
トールの大蛇釣りは、北欧の図像資料において最も広く分布する主題の一つである。文字による記録より前に、石の上に彫られていた物語といえる。
日本語圏では、この場面はトールとヨルムンガンドの対決として語られ、同行した巨人の名まで挙げられることは少ない。しかし物語の結末——大蛇が逃れる——を決めるのは、糸を切ったこのヨトゥンの手である。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。