ゲーラス
ゲーラス · セネクトゥース · Geras
ギリシアの老いの神で、萎びた小さな老人として描かれる。ニュクスが父なくして生んだ子の一柱。壺絵ではヘーラクレースに棍棒で打たれる場面が残るが、典拠となる物語は失われている。老年学の語源。
解説
概要
ゲーラス(Γῆρας / Geras)は、老いを擬人化した神である。ヘーシオドス『神統記』ではニュクスが夫なしに生んだ子の一柱に数えられる。物語としては伝わらず、前5世紀のアテーナイの壺絵にヘーラクレースと向き合う小さな老人として描かれることで知られる。ローマではセネクトゥースと呼ばれた。
神話・物語
『神統記』(225行)は、ニュクスの子らのうち、アパテー(欺き)とピロテース(愛の交わり)に続けて「忌まわしいゲーラス」を挙げ、そのあとにエリス(争い)を置く。死や定めと同じ母から生まれた、人間を苦しめるものの一つとして位置づけられている。
『イーリアス』や『ホメーロス風讃歌』には、「憎むべき老い」という言い回しが繰り返し現れる。不死の神々が若さを保ち続けるのに対し、人間は老いから逃れられない。ティートーノスの物語は、不死を得てなお老いを免れない者の悲惨を語っており、老いが死に劣らず恐れられていたことを示す。
祭祀の痕跡はわずかである。ピロストラトス『テュアナのアポローニオス伝』(5.4)は、ヨーロッパの西の果てにあるガデイラ(現カディス)の人々がことのほか信心深く、老いに祭壇を設け、ほかの民と違って死を讃える歌を歌っていたと伝える。
ヘーラクレースとゲーラスの出会いを語った物語は伝わっていない。画家たちが何を描こうとしたのかは、図像から推し量るほかない。
図像と象徴
本サイトの主画像は、ルーヴル美術館蔵のアッティカ赤絵式ペリケー(G234)で、棍棒を振り上げるヘーラクレースと、杖にすがる痩せた小柄な老人ゲーラスを描く。老人の脇には名が記されている。この壺の画家は、本作にちなんで「ゲーラスの画家」と呼ばれている。
同じ主題の壺絵は数点知られ、いずれも前480〜450年頃のものである。ヘーラクレースが老いを打ち負かす場面とも、英雄が老いと対話する場面とも解され、のちに神となって永遠の若さの女神ヘーベーを妻とする英雄の運命と重ねる見方もある。
系譜と関係
母はニュクス。ローマの著者は父をエレボスとする。兄弟にモロス、ケール、タナトス、ヒュプノスなど。対になるのは若さの女神ヘーベーである。
文化的足跡
老年学(ジェロントロジー)、老年医学(ジェリアトリクス)の語は、老いを意味するギリシア語ゲーラスに由来する。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。