ゲーラス
ゲーラス · セネクトゥース · Geras
ギリシアの老いの神で、萎びた小さな老人として描かれる。ニュクスが父なくして生んだ子の一柱。壺絵ではヘーラクレースに棍棒で打たれる場面が残るが、典拠となる物語は失われている。老年学の語源。
解説
概要
ギリシア神話において、ゲーラス(Geras、「老い」の意)は老いの神である。通常、小さく萎びた老人として描かれた。その対極は若さの女神ヘーベーであった。ラテン語ではセネクトゥースと呼ばれる。
主として壺絵から知られ、そこでは英雄ヘーラクレースとともに描かれる。これらの描写を生んだ神話は失われている。
系譜
ヘーシオドス『神統記』は、ゲーラスをニュクス(夜)が父なくして生んだ子の一人として挙げる。兄弟にはモロス(定業)、タナトス(死)、オイジュス(苦痛)、アパテー(欺き)、エリス(不和)らがある。
ニュクスの子らは、いずれも人間を苦しめる抽象概念の擬人神である。
図像
前5世紀のアテーナイの壺絵に、ヘーラクレースがゲーラスを棍棒で打つ、あるいは追う場面が複数残る。ゲーラスは異常に痩せて腰の曲がった小さな老人として、若く逞しいヘーラクレースと対照的に描かれる。
これらの図像の典拠となる物語は伝わらない。英雄が老いを打ち負かすという主題そのものが、絵の主題として選ばれたとみられる。
『イーリアス』において「憎むべき老い」(ゲーラス・ステュゲロン)という表現が現れる。ギリシア人にとって老いは、避けられないが忌むべきものであった。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ヘーラクレースとゲーラスを描いたペリケーである(ルーヴル美術館蔵 G234)。
英雄でさえ老いには勝てないという逆説が、この神格を規定する。壺絵ではヘーラクレースがゲーラスを打つが、実際にはヘーラクレースも死んだ。神格化されたのちにようやく、老いを免れる。
ティートーノスの物語も、老いが死より恐ろしいことを語る。ギリシア神話において、老いは死と並ぶ根本的な悪である。
関わる神格・伝承
母はニュクス。対極はヘーベー。ニュクスの子らの一柱。
文化的足跡
「ジェリアトリクス」(老年医学)、「ジェロントロジー」(老年学)は、この神の名の語根ゲーラスに由来する。