PLATE — 風伯・雨師
SINÆ · 中国神話・道教
風伯・雨師
風伯と雨師
ふうはく · うし · 飛廉
中国の風と雨の神。風伯は飛廉とも呼ばれ箕宿に、雨師は屏翳とも呼ばれ畢宿に配され、雨師は仙人赤松子とも重ねられた。『山海経』では蚩尤の側について暴風雨を起こしたが、黄帝の娘魃に止められた。
01
解説
概要
風伯(ふうはく)と雨師(うし)は、中国の風と雨の神である。風伯は飛廉、雨師は屏翳とも呼ばれる。
信仰
風伯は風の神で、鹿の身体に鳥の頭、蛇の尾を持つ獣として描かれることがある。
星宿では箕宿(いて座の一部)に配される。箕は穀物を選り分ける道具であり、風を起こすことから風の神と結びつけられた。
雨師は雨の神である。漢の『列仙伝』は、仙人の赤松子を神農の時代の雨師とし、水玉を服して火に入っても焼けず、崑崙山の西王母の石室に住んだと記す。
星宿では畢宿(おうし座の一部)に配される。『詩経』小雅「漸漸之石」に「月、畢に離れば、俾ち滂沱として雨ふらん」とあり、月が畢宿にかかると雨が降るという観念があった。
神話・物語
『山海経』大荒北経において、風伯と雨師は蚩尤の側について黄帝と戦った。暴風雨を起こして黄帝軍を苦しめたが、黄帝が旱の神である娘の魃を下して雨を止ませたため敗れた。
図像と象徴
風を袋から出す姿、雨を器から注ぐ姿で描かれることがある。本サイトは主画像を掲げない。
系譜と関係
雷公、電母と気象の神々をなす。蚩尤に味方した。日本の風神が風袋を担ぐ図像は、風伯の系譜に連なるとされる。
文化的足跡
歴代王朝は風伯・雨師を国家祭祀の対象とし、都に風伯壇・雨師壇を設けた。
なお中国の民間信仰と道教は今日も継承されている生きた信仰であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。
02
領分・別名
03
資料
Wikidata
Q3288593 — 骨格データの出典