ブキス
ブキス牛 · バク · バカ
アルマントで祀られた聖なる牡牛。軍神モンチュの生命力カーの化身とされ、白い体に黒い顔をもつ牛が選ばれた。三大聖牛のなかで最も遅く成立した。
解説
概要
ブキス(bꜣḫ / Buchis)は、上エジプトのヘルモンティス(現アルマント)で祀られた聖なる牡牛である。軍神モンチュの生命力カーの化身とされ、白い体に黒い顔をもつ牛が選ばれた。
アピス、ムネウィスと並ぶエジプト三大聖牛の一つだが、成立は際立って遅い。確認できる最古の埋葬はネクタネボ2世の治世14年(前4世紀半ば)で、他の二つより二千年近く新しい。ただし上エジプトには、それ以前から複数のモンチュ聖牛の信仰があり、ブキスはそれらが一つにまとめられた結果と考えられている。
登場する物語/関わる伝承
新しい信仰であるだけに、神話らしい神話を伴わない。伝わるのは埋葬の記録と、王が牛に供物を捧げる場面である。
牛が死ぬと防腐処理を施され、アルマント近郊のブケイオンと呼ばれる専用の墓地に葬られた。後代には母牛も同じく神聖視され、別の墓域に納められている。埋葬にあたっては石碑が立てられ、その牛の生年・即位年・没年が記された。アピスの場合と同じく、この記録が年代学の資料になっている。
やがてブキスはアピスの一形態と同一視され、それにともなってオシリスの化身とも解されるようになった。地方の牛が、より大きな信仰の枠に吸収されていく過程がここに見える。
図像と象徴
日輪と二枚の羽根飾りを角のあいだに戴く牡牛として表される。羽根はモンチュの冠と共通の要素で、この牛がどの神に属するかを示している。
碑には、王がブキスの前に立って供物を捧げる場面が繰り返し刻まれた。刻まれる「王」はエジプト人の王にとどまらない。アレクサンドロス大王が、そしてアクティウム後のオクタウィアヌスが、ファラオの装いでこの牛に供犠する碑が残っている。本サイトが主画像に掲げるのは、前29年、オクタウィアヌスがブキスに供犠する石碑(コペンハーゲン、ニュー・カールスベア彫刻館)である。エジプトを併合したばかりのローマの支配者が、上エジプトの一地方の牛の前にファラオとして立つ——支配の正統性がどこで演じられたかを示す一枚である。
関係する神格
モンチュのカーの神格化であり、独立した系譜をもたない。アピス(メンフィス)、ムネウィス(ヘリオポリス)とともに、生きた個体を神の現れとする聖獣信仰の代表例をなす。
文化的足跡
ブケイオンは1927年から30年にかけてロバート・モンドとオリヴァー・マイヤーズによって調査され、多数の牛のミイラと奉献碑が見つかった。信仰はローマ期まで続いている。