ベヒモト
ベヒモス · ベヘモット · ベヒーモス
『ヨブ記』が語る陸の巨獣。レヴィアタンと海陸一対をなす。名は「動物」の複数形で、その巨大さを尊厳の複数で表したものと解される。中世アラビアの魚バハムートはこの名を継いだ。
解説
概要
ベヒモト(ヘブライ語 בְּהֵמוֹת)は、旧約聖書『ヨブ記』40章に語られる巨大な獣である。名は「動物」を意味する בְּהֵמָה の複数形にあたる。聖書の他の箇所でこの語は普通名詞として「野獣」の意で用いられており、固有の存在を指すのは『ヨブ記』のみである。単数のものを複数形で表してその偉大さを示す「尊厳の複数」の用法と考えられている。日本語表記はベヒモス、ベヘモット、ビヒモスなど揺れが大きい。本サイトは既存記事との整合からベヒモトを採る。
神話・物語
『ヨブ記』において、ベヒモトはレヴィアタンの直前に語られる。神が人知を超えた被造物の例としてみずから挙げるもので、この二者は以後、陸に住むベヒモトと海に住むレヴィアタンという一対として扱われるようになった。空に住むジズを加えて三頭一鼎とする伝承もあるが、『詩篇』のジズは「野の獣」と訳されることが多く、二者に比べればはるかに影が薄い。
外典は二者の由来を語る。『エノク書』は両者をタニーンとし、レヴィアタンを雌、ベヒモトを雄として、かつては共にあったものが地の荒野と海の深淵に分けられたとする。『第四エズラ書』は、創造の五日目に両者とも海にいたが海が抱えきれず、ベヒモトには「千の山々」が与えられたと語り、神がこれらを人間のための食物として蓄えているとする。『第二バルク書』も、終末における義人の食物として保存されているとする。
ユダヤの伝承ではベヒモトは牛として描かれ、野牛(ショル・ハバル)とも呼ばれる。終末にレヴィアタンと相争い、角で突いて相打ちに倒れるという。
図像と象徴
モデルは象または河馬と考えられている。日本語訳でも文語訳(1917年)と口語訳(1955年)は「河馬」の語を充てた。姿は河馬あるいは犀に似た獣として描かれることが多く、中世ヨーロッパでは象、あるいは象頭人身として表された。もとは河馬と同程度、あるいはその数倍とされた体格は、時代が下るにつれて際限なく巨大化していく。
ウィリアム・ブレイクが『ヨブ記図集』(1825〜26年)に刻んだ〈ベヒモトとレヴィアタン〉は、この一対を上下二段に配し、陸の獣と海の獣という構図をそのまま画面に定着させた。
系譜と関係
中世アラビアの宇宙誌に現れる巨大な魚バハムートは、この名を継いだものである。ただし伝承が言語を越えて写し継がれるうちに、ベヒモトとレヴィアタンの名が入れ替わったと考えられている。海に沈んだ「ベヒモト」が魚バハムートとなり、陸に上げられた「レヴィアタン」が世界を担ぐ牡牛の名を負った。陸と海が逆になったまま、名だけが渡ったことになる。
文化的足跡
中世以降、ベヒモトは悪魔とみなされるのが一般化した。『ヨブ記』の描写から転じて暴飲暴食を司るとされる。ただし、対のレヴィアタンが七つの大罪の「嫉妬」に対応することから、ベヒモトを「暴食」あるいは「強欲」の担当として説明する記述が広く流布しているが、これは正しくない。七つの大罪の対応では、暴食はベルゼブブ、強欲はマモンである。
トマス・ホッブズは『ビヒモス』において、社会契約によって成る理想的な国家をレヴィアタンに擬したのに対し、清教徒革命と内戦下の混乱した国家状態をベヒモトに擬した。二頭の怪物は、ここでも一対のままである。