テオニム THEONYM · 世界神話アーカイブ 神格を検索
バハムート
PLATE — باهاموت
ALIA · その他・未分類
باهاموت

バハムート

Bahamut · Balhūt · バハムト

アル=カズウィーニー『被造物の驚異』写本挿絵(1595年頃) PUBLIC DOMAIN

中世アラビアの宇宙誌に説かれる巨大な魚。世界を支える階層の最下部で、大地を担ぐ牡牛をその背に載せ、原初の海に漂う。旧約のベヒモトに名を発する。

01

解説

概要

バハムート(باهاموت / Bahamūt)は、中世アラビア・イスラーム世界の宇宙誌に説かれる巨大な魚である。世界を支える幾層もの支柱の、その最下部に位置する存在として描かれる。クルアーンやハディースの教義に由来するのではなく、13世紀の学者アル=カズウィーニーの『被造物の驚異と存在物の珍奇(ʿAjāʾib al-makhlūqāt)』などの宇宙誌が、先行する伝承を集成して伝えたものである。後世のファンタジー作品に現れる竜のバハムートとは、姿も出自も異なる。

世界を支える階層

伝承はこう語る。神が大地を創ったとき、それは荒れ海の船のように揺れ動いた。神は一柱の天使を遣わして大地を東西から支えさせたが、天使の足下には支えがない。そこで神は緑の宝玉(あるいはルビー)の巨岩を据え、その岩を一頭の巨大な牡牛に負わせ、牡牛を魚バハムートの背に載せた。バハムートは底知れぬ原初の海に漂い、その下には空気と闇、さらに蛇ファラクがあるとも伝えられる。

アル=カズウィーニーは初期の伝承家ワフブ・ブン・ムナッビフを典拠に挙げる。牡牛が疲れて宝玉の岩を一方の角から他方へ移すとき、その震動が地を揺らす——地震はこう説明された。バハムートの巨大さは人智を絶し、全世界の海を一つの鼻孔に注いでも砂漠に落ちた一粒の芥子種にすぎない、と語られる。その姿かたちを描くよりも、測り知れぬ大きさそのものが主題であった。

図像と象徴

バハムートは単独の肖像としてよりも、宇宙の断面図の一部として描かれてきた。写本の挿絵では、最下部の魚、その背の牡牛、宝玉の岩、そして大地を担ぐ天使が下から上へと積み重なる階層として図示される。本サイトが掲げるのは16世紀末(1595年頃)のムガル期写本に伝わる一葉で、この宇宙観をひと目で示す。魚の生物学的な描写よりも、世界を「支える」機能と、垂直に連なる秩序が図像の核心にある。近代ではボルヘスが『幻獣辞典』にこの魚を収め、象や河馬から一匹の魚へと姿を変えていった経緯に触れた。

名と由来

バハムートの名は、旧約聖書『ヨブ記』に登場する陸の巨獣ベヒモト(בהמות)に遡る。伝承が言語を越えて写し継がれるなかで、ベヒモトと海の怪物レヴィアタンの名が入れ替わったと考えられている。すなわち、海に沈んだ「ベヒモト」が魚バハムートとなり、陸に上げられた「レヴィアタン」が牡牛の名——写本ごとに訛って伝わるクユーサ、クヤーサン——を負った。ボルヘスの英訳が「クジャタ(Kujata)」と誤ったこの牡牛や、深みの蛇ファラクが、バハムートと連なる存在である。イスラーム学者の多くは、これらを教義ではなくイスラーイーリーヤート(ユダヤ・キリスト教起源の説話)に属する物語とみなしてきた。

文化的足跡

近代にボルヘスが紹介して以降、バハムートの名は広く知られるようになった。現代のファンタジー——『ダンジョンズ&ドラゴンズ』や『ファイナルファンタジー』など——では強大な竜として描かれるが、これは近代創作が与えた造形であり、原典の「世界を支える魚」とは別物である。

02

領分・別名

INTERPRETATIO — 同一視・同源
ベヒモト 一神教の伝承 同源
アラビア語バハムートはヘブライ語 בְּהֵמוֹת に由来する名の転写。ただし伝承の移動過程でベヒモトとレヴィアタンの陸海が入れ替わり、海の魚がベヒモトの名を負った
03

資料

Wikidata
Q794547 — 骨格データの出典
Commons
Bahamut — 図像カテゴリ