バビ
ババ · バアバア · ヒヒの長
マントヒヒを神格化したエジプトの神。名は「ヒヒの長」を意味する。心臓の計量ののち罪ある者の魂を貪り食う一方、死者の生殖力の神ともされた。
解説
概要
バビ(Babi、ババとも)は、エジプト神話でマントヒヒを神格化した存在である。名は「ヒヒたちの雄牛」、すなわち「ヒヒの長」ほどの意味に訳される。
ヒヒは攻撃的で雑食であり、この神も血に飢えた存在として理解された。死者の心がマアトに対して量られたのち、罪ある者の魂を貪り食うとされる。火の湖のかたわらに立つと語られるのは、その働きが滅びと直結しているためである。この裁きが冥界の要をなす場面であることから、この神はオシリスの長子とされた。
神話・物語
『ユミルハク・パピルス』は、トートとの争いを語る。ここでのバビは黄色い目をした赤い犬の姿で現れ、九柱神と太陽神ラーの前でトートを窃盗の廉で告発する。九柱神は、犯行を目撃していないとして訴えを退けた。それでもバビが噂を流し続けたため、トートは書記の葦筆を用いた呪術で報復し、相手を身動きの取れない状態に陥れる。トートは大小の九柱神を招集してこれを衆目に晒し、ラーはバビを有罪と宣告した。罰としてバビはトートに引き渡され、供犠の台の上で処刑される。この一節は、トートに犬を捧げる習わしの由来を説明するものと解されている。
罪の内実は明示されない。エジプトでは書かれた言葉そのものが力を持つと考えられたため、神に対する犯行——オシリス殺害がその代表である——はしばしば婉曲な言い回しで記された。バビの場合も同様で、何が裁かれたのかは読み取るほかない。
『ジュネーヴ・パピルス』には別の挿話がある。幼いホルスの物語のなかで、母イシスは息子に、七十七匹の犬を連れて国土を徘徊するバビに近づくなと戒める。ホルスは脛を犬に咬まれ、イシスはスリュウという名の草——日に晒した壺で保存されたもの——で傷を手当てするよう指示する。この文書は犬咬傷の治療手引きとして機能しており、患者を神話のホルスと重ねる形をとる。神話が処方箋として書かれている例である。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、エジプト学の慣行に沿って描かれた線図である。ヒヒの頭を持つ男の姿で表される。
ヒヒという獣に、この神の性格のすべてが由来する。攻撃性と雑食性が魂を喰らう相を、旺盛な生殖力が「死者の生殖力の神」という位置づけを生んだ。図像はしばしば勃起した姿をとり、葬送文書の一節では、その器官が正しき者をアアルの島々へ運ぶ渡し舟の帆柱に見立てられる。別の呪文は死者の器官をバビと同一視し、来世においても生殖が可能であることを保証する。
エジプトの葬送観において、来世は現世の続きであった。食べること、飲むこと、そして子をなすことが、いずれも死後に確保されるべき機能として扱われる。バビの造形が示すのは、その要求が神格の形をとった姿である。ヒヒが同時にトートの聖獣でもあることを思えば、同じ獣が知恵と暴力の双方を担っていることになる。
関わる神格・伝承
オシリスの長子とされる。トートとは敵対する関係にあり、ラーと九柱神の法廷で裁かれる。
冥界における位置は、アメミットに近い。心臓の計量ののちに罪ある者を処分するという役割を共有する。ただしアメミットが複合獣であるのに対し、こちらは実在する獣そのものである。エジプト人が日々目にしていたマントヒヒの性質が、そのまま冥界の役職になっている。
文化的足跡
日本語圏では、エジプトのヒヒといえばトートの聖獣として言及されるのが常であり、この神の名が出ることはまれである。
しかしバビの存在は、エジプトの神格が観察に基づいていたことを端的に示す。この文明は獣を理想化しなかった。ヒヒの群れを見た者が、その攻撃性と性的な旺盛さの両方を記録し、そこに名と系譜を与えている。神々の一覧に載るのは、人が望ましいと考えた性質ばかりではない。