モレク
モレク · モロク · モレフ
ヘブライ語聖書に現れる語で、「その子を火の中を通らせる」実践と結びつく。神名か供犠の種類かは今日も議論が続く。中世以降、内部で火を焚く真鍮の牡牛の像として想像されたが、これは文献に基づかない図像であり考古学的裏づけはない。
解説
概要
モレク、モロク、モレクは、ヘブライ語聖書に数度、主として『レビ記』に現れる語である。
七十人訳はこれらの多くを「彼らの王」と訳すが、他の箇所ではモロクの語あるいは名を保っており、そこにはヘブライ語本文がその名を証さない『アモス書』の一箇所も含まれる。
聖書は、これに結びつけられる実践を強く非難する——
なお本サイトの分類では、アブラハムの体系に含めて扱う。
「子を通らせる」
『レビ記』18章21節、20章2〜5節、『列王記下』23章10節などに、定型句が現れる。
「その子をモレクに(あるいはモレクとして)火の中を通らせてはならない」
トフェト。 エルサレム南方のヒンノムの谷(ゲー・ヒンノム)のトフェトで、この行為が行われたと記される。
ゲヘナ。 「ゲー・ヒンノム」が、のちに地獄を意味する「ゲヘナ」の語源となった。
実在の谷が地獄の名になる。
神名か供犠の種類か
「モレク」が何を指すかは、長く議論されてきた。
神名説。 伝統的な理解である。アンモン人の神ミルコム、あるいはカルタゴのバアル・ハンモンと同一視される。
供犠説。 1935年、オットー・アイスフェルトが、ポエニ語碑文の「mlk」が供犠の種類を指すことを指摘した。
カルタゴの碑文に「モルク・オモル」(人の供犠)「モルク・イムモル」(羊の供犠)の語が現れる。
「モレクへの供犠」ではなく「モレク供犠」。 この読みに従えば、モレクは神ではなく儀礼の名である。
母音の操作。 ヘブライ語の「メレク」(王)の子音に、「ボシェト」(恥)の母音を当てたものとする説もある。敵の神の名を侮蔑的に読み替える手法である。
決着していない。 今日も両説が並立する。本項はいずれの立場もとらない。
中世以降の人格化
牡牛の像。 中世以降、モロクは真鍮の牡牛の像として想像された。
内部で火を焚き、その手に子を置いて焼くという描写である。
ディオドロス。 この描写は、カルタゴの供犠を伝えるディオドロス・シクロスの記述に由来する。
確証はない。 考古学的な裏づけはない。
フローベール『サランボー』。 1862年の小説が、この像の描写を広めた。
映画『カビリア』。 1914年のイタリア映画がこれを映像化し、以後の図像を決定づけた。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、19世紀の聖書挿絵に描かれたモロクへの供犠である。
注意。 これは文献に基づかない想像図であり、古代の実態を示すものではない。
関わる神格・伝承
ミルコム、バアル・ハンモンと同一視される。マモンとともに、貪り食う偶像の象徴となった。
文化的足跡
アレン・ギンズバーグ『吠える』(1956年)のモロクは、人を呑み込む近代社会の比喩として名高い。
なおユダヤ教・キリスト教・イスラームは今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその伝承と観念の歴史に関する学術的な整理である。