アザゼル
アザゼル · アザーゼール · Azazel
贖罪の日に罪を負った山羊が送られた荒野、あるいはそこに住む存在。『エノク書』では人に武器と化粧を教えた堕天使とされ、技術を与えることが罪の原因として語られる。火を与えて恩人とされるプロメーテウスと評価が逆転する。
解説
概要
ヘブライ語聖書において、アザゼルの名は、贖罪の日にユダヤ人の罪を負った贖罪の山羊が送られた荒涼たる場所を表す。
第二神殿時代の後期(ヘブライ語聖書の正典が閉じられたのち)、アザゼルは『エノク書』に記されるとおり、人に禁じられた知識をもたらした責を負う堕天使とみなされるようになった。
なお本サイトの分類では、アブラハムの体系に含めて扱う。
贖罪の山羊
『レビ記』16章に、贖罪の日(ヨム・キプル)の儀礼が記される。
二頭の山羊。 二頭の山羊を用意し、籤を引く。
一頭は「ヤハウェのため」に犠牲とされ、もう一頭は「アザゼルのため」とされる。
罪を負わせる。 大祭司が生きた山羊の頭に手を置き、民のすべての罪を告白してこれを負わせる。
荒野へ送る。 その山羊は荒野へ、アザゼルのもとへ送られる。
「スケープゴート」。 英訳「scapegoat」(逃げる山羊)は、ティンダルの16世紀の訳による。今日「身代わり」を意味する語として世界に広まった。
語の解釈
「アザゼル」が何を指すかは、古来議論がある。
場所。 「険しい崖」を意味する地名とする説。
山羊。 「エーズ」(山羊)と「アーザル」(去る)から「去る山羊」とする説。
存在。 荒野に住む悪霊の名とする説。
七十人訳とウルガタは、これを「送り出されるもの」と訳し、存在としては扱わない。
エノク書の堕天使
『エノク書』(前3〜1世紀)において、アザゼルは監視者の一人である。
禁じられた知識。 人に武器の作り方、金属の加工、化粧、宝石の細工を教えた。
戦争と虚飾。 剣と鎧を教えたことで戦争が、化粧と装飾を教えたことで虚飾が生じた。
技術が罪をもたらす。 文明の技が、堕落の原因として語られる。
プロメーテウスとの対比。 ギリシアのプロメーテウスが人に火を与えて恩人とされるのに対し、アザゼルは同じ行為で罪を負う。
評価の逆転。 同じ「技術を与える者」が、一方では英雄、他方では堕天使である。
罰。 ラファエルが遣わされ、アザゼルを縛って闇の穴に投げ込み、その上に岩を置いた。「すべての罪はアザゼルに帰される」と告げられる。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、リンカン大聖堂の東窓の細部である。
関わる神格・伝承
監視者の一人。シェムハザと並ぶ堕天使の長。
文化的足跡
「スケープゴート」の観念は、ルネ・ジラールの供犠論をはじめ、20世紀の社会理論において重要な位置を占めた。
なおユダヤ教・キリスト教・イスラームは今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその伝承と観念の歴史に関する学術的な整理である。