アザゼル
アザゼル · アザーゼール · Azazel
贖罪の日に罪を負った山羊が送られた荒野、あるいはそこに住む存在。『エノク書』では人に武器と化粧を教えた堕天使とされ、技術を与えることが罪の原因として語られる。火を与えて恩人とされるプロメーテウスと評価が逆転する。
解説
概要
アザゼルは、旧約聖書の『レビ記』で、贖罪の日に民の罪を負わせた山羊が送り出される先として名が挙げられる存在である。場所の名なのか、荒野に住む霊の名なのかは、古くから議論されてきた。のちの時代、外典『エノク書』では、人間に武器の作り方や化粧を教えた堕天使とされた。英語の「スケープゴート」(身代わり)という言葉は、この贖罪の山羊の儀礼から生まれたものである。
なお本サイトの分類では、アブラハムの体系に含めて扱う。
贖罪の山羊
『レビ記』16章には、贖罪の日(ヨム・キプル)の儀礼が記されている。二頭の山羊を用意して籤を引き、一頭は「ヤハウェのため」の犠牲とし、もう一頭は「アザゼルのため」とする。大祭司は生きている山羊の頭に手を置いて、民のすべての罪を告白し、それを山羊に負わせる。その山羊は、荒野のアザゼルのもとへ送り出される。英語の「スケープゴート」(逃げていく山羊)は、16世紀にウィリアム・ティンダルが聖書を英訳したときに作った言葉で、今日では「身代わり」を意味する言葉として世界に広まっている。
何を指すのか
「アザゼル」が何を指すのかについては、古くから議論がある。「険しい崖」を意味する地名とする説、「山羊」と「去る」を合わせて「去っていく山羊」とする説、そして荒野に住む悪霊の名とする説である。ギリシア語訳の七十人訳やラテン語訳のウルガタは、これを「送り出されるもの」と訳しており、何らかの存在としては扱っていない。
『エノク書』の堕天使
紀元前3世紀から前1世紀に成立した外典『エノク書』では、アザゼルは堕ちた天使たち監視者の一人とされる。アザゼルは人間に、武器の作り方や金属の細工、化粧、宝石の加工を教えた。剣や鎧を教えたことで戦争が、化粧や装飾を教えたことで虚飾が生まれたという。文明の技術が、堕落の原因として語られているのである。人間に火を与えて恩人とされたギリシアのプロメーテウスと比べると、同じように技術を与えた者が、一方では英雄とされ、他方では堕天使とされていることになる。
アザゼルへの罰として、天使ラファエルが遣わされ、アザゼルを縛って闇の穴に投げ込み、その上に岩を置いた。そして、すべての罪はアザゼルに帰せられると告げられたという。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、リンカン大聖堂の東窓の細部である。
関わる神格・伝承
監視者の一人であり、シェムハザと並ぶ堕天使の長である。
文化的足跡
「スケープゴート」の考えは、ルネ・ジラールの犠牲の理論をはじめ、20世紀の社会理論のなかで重要な位置を占めた。
なおユダヤ教・キリスト教・イスラームは今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその伝承と観念の歴史に関する学術的な整理である。