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アリョーシャ・ポポーヴィチ
PLATE — АЛЁША ПОПОВИЧ
SLAVI · スラヴ神話
АЛЁША ПОПОВИЧ

アリョーシャ・ポポーヴィチ

アリョーシャ・ポポーウィチ · オリョーシャ・ポポーヴィチ · Алёша Попович

作者不詳(18世紀のルボーク版画) PUBLIC DOMAIN

ロシア叙事詩の三勇士の末弟。力ではなく機知と度胸で戦い、怪物トゥガーリンを討つ。一方で高慢で狡猾な面も語られ、義兄弟の妻を奪おうとさえした。

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解説

概要

アリョーシャ・ポポーヴィチ(Алёша Попо́вич / Alyosha Popovich)は、ロシアの口承叙事詩ブィリーナに登場するボガトィーリである。姓は「司祭の子」を意味し、ロストフの司祭の家に生まれたとされる。イリヤー・ムーロメツドブルィニャ・ニキーティチと並ぶ三勇士の末弟にあたる。

この人物が三人のなかで際立つのは、強くないことである。叙事詩は彼の力の弱さをむしろ強調し、足が不自由であるとまで語るものもある。代わりに与えられているのは、大胆さ、機転、抜け目のなさ、そして狡さである。

由来と物語

最も古い層に属するのが、怪物トゥガーリンとの戦いである。キエフへの道すがら、あるいはキエフの町なかで、アリョーシャはこの敵と対する。トゥガーリンは煙で息を詰まらせ、火花を浴びせ、炎で焼き、燃えさしを射かけ、生きたまま呑み込んでやると脅す。戦いはしばしば水辺で行われる。討ち取ったのち、アリョーシャは死骸を切り刻んで野に撒いたという。

もう一つの筋「アリョーシャとズブロドヴィチ兄弟の妹」では、彼は娘の名誉を汚し、兄弟に首を落とされる異文さえある。

そして、彼の名を最もよく知られたものにしたのが、悪役としての登場である。「ドブルィニャ、妻の婚礼に立ち会う」で、アリョーシャは長く留守にした義兄弟ドブルィニャが死んだという偽りを広め、その妻ナスターシヤと結婚しようとする。帰還したドブルィニャに正体を明かされ、面目を失う。叙事詩のなかで彼は、しばしば仲間から叱責と非難を受ける人物である。

生い立ちには、勇士ヴォリガ・スヴャトスラヴィチの特徴が流れ込んでいる。誕生には雷が鳴り、赤子の彼は産着ではなく鎖帷子で包んでくれと頼み、ただちに母に世に出る許しを求める。そのときすでに馬を乗りこなし、槍と剣を扱えたという。

図像と象徴

三人のなかで、彼だけは古い図像を持つ。18世紀のルボーク「強き勇士アリョーシャ・ポポーヴィチ」がそれで、本ページに掲げたのもその一枚である。ヴァスネツォフの《ボガトィーリ》では、三人のうち最も若く、弓を手にし、鞍にはグースリを下げた少年めいた姿で右に配される。

象徴として彼が担っているのは、英雄の一貫しなさである。剛勇のイリヤー・ムーロメツ、礼節のドブルィニャ・ニキーティチに対して、アリョーシャは讃えられると同時に嗤われる。彼の冗談は陽気であるだけでなく、ときに悪辣ですらある。叙事詩が三人目に置いたのは、理想ではなく、人間の欠けた部分であった。

系譜と関係

三勇士の関係は、単純な仲間ではない。ドブルィニャとは名を呼び合う義兄弟でありながら、その妻をめぐって決定的に対立する。イリヤーとも渡り合う筋がある。

歴史上の原型としては、ロストフの貴族アレクサンドル(オリョーシャ)・ポポーヴィチが挙げられるのが通例である。年代記によれば、彼は「フラーブル(選り抜きの戦士)」としてまずヴセヴォロド大巣公に、次いでその子コンスタンチンに仕え、対立するユーリイの精鋭を一騎打ちで幾人も破った。1218年にユーリイが即位すると彼はキエフ大公ムスチスラフのもとへ移り、1223年のカルカ河畔の戦いで戦死したという。ただしこの同定を疑う研究者もいる——後代の年代記編纂者が、すでに広まっていた叙事詩を知ったうえでこの人物を書き込んだ可能性があるためである。

文化的足跡

三勇士を一枚の絵に収めたヴァスネツォフの《ボガトィーリ》(1898年)以来、アリョーシャは「若いほうの一人」として国民的な図像に組み込まれてきた。2004年のアニメ映画『アリョーシャ・ポポーヴィチとトゥガーリン蛇』は、ロシアの長編アニメ「三勇士」シリーズの第一作であり、以後この三人は喜劇の役者として広く親しまれている。叙事詩における彼の陰のある造形は、そこではほとんど残っていない。

ウクライナの伝承には、ドニエプルの急流で溺れ死ぬオレクシー・ポポーヴィチを歌うドゥーマがあり、こちらは叙事詩とは別系統の記憶を伝えている。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q1812186 — 骨格データの出典