アイオロス
アイオロス · エオルス · エオロ
風を統べるヒッポテースの子。オデュッセウスに逆風を封じた革袋を与えたが、仲間が開けてしまい船団は押し戻された。同名の人物が三人おり古代から混同されてきた。
解説
概要
アイオロス(Αἴολος)は、ギリシア神話で風を統べる者である。ヒッポテースの子であり、『オデュッセイア』と『アエネーイス』に現れる。
ギリシア神話にはアイオロスという名の人物が三人おり、古代の神話記述者すら混同していた。第一はヘッレーンの子でアイオリス人の名祖、第二はポセイドーンの子でテュレニア海の島々に植民した者、そして第三が本項のヒッポテースの子である。三人は系譜上つながっているように見えるが、とりわけ第二と第三の関係は曖昧で、多くの古代の著述家が両者を同一視した。
神話・物語
『オデュッセイア』第10巻。オデュッセウスの一行は、青銅の壁に囲まれた浮島アイオリアーに至る。この島を治めるのがアイオロスであり、神々に愛され、風を思うままに操る力を与えられていた。六人の息子と六人の娘があり、互いに婚姻を結んで暮らしていたという。
一月のあいだ客をもてなしたのち、アイオロスはオデュッセウスに帰国を助ける贈り物を与えた。牡牛の革の袋に、故郷へ運ぶ西風を除くすべての風を封じ込め、銀の紐で結んだのである。船は九日と九夜、順風に運ばれてイタケーの岸が見えるところまで来た。
そこで疲れ果てたオデュッセウスが眠りに落ちる。仲間たちは袋の中身を金銀の宝と思い込み、分け前を得ようとして紐を解いた。閉じ込められていた風が一斉に吹き出し、船団はアイオリアー島まで押し戻される。再び助けを乞うオデュッセウスに、アイオロスは冷たく告げた——不死なる神々に憎まれた者を助けることはできぬ、去れ、と。
風を袋に入れるという発想、そして人の好奇心がそれを開けてしまうという筋は、世界各地の民話に類話を持つ。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、バルトロメオ・クリヴェッラーリによる1756年の銅版画《アイオロスから革袋に入れた風を受け取るオデュッセウス》である(メトロポリタン美術館蔵)。
古代の図像は乏しい。この人物を描くとき、選ばれるのはほぼ例外なくこの一場面である。風の袋という具体的な物が、抽象的な「風を統べる」という職能を目に見える形にしている。
風を統べる者でありながら、この人物は神ではない。ホメーロスは彼を人間として描き、神々に愛されて風を託された者としている。後代の著述家がこれを風の神へと引き上げていったのであり、その過程で三人のアイオロスの区別も失われた。
関わる神格・伝承
風そのものを司る神格としてはアネモイ——ボレアース、ノトス、エウロス、ゼピュロスの四方の風——がおり、アイオロスはこれらを管理する立場に置かれる。
シチリア沖のリパリ諸島は、この人物にちなんでアイオリア諸島(エオリア諸島)と呼ばれる。火山島群であり、風と火の双方に結びつけられてきた。同じ島はブロンテースらキュクロープスが雷霆を鍛えた場所ともされる。
文化的足跡
エオリアン・ハープ(風鳴琴)は、風に鳴らせる弦楽器であり、この名にちなむ。18世紀から19世紀のヨーロッパで流行し、ロマン主義の詩において自然と精神の共鳴を表す比喩として繰り返し用いられた。
地質学のエオリアン(風成の)という語も同じ語に発する。風によって運ばれ堆積した地層を指す学術用語である。
風を袋に詰めるという物語は、日本語圏でも『オデュッセイア』の挿話として比較的よく知られている。持ち主の留守に袋を開けてしまう仲間たち——この一場面が、船乗りたちの好奇心と失敗の寓話として読み継がれてきた。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。