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アイゲウス
PLATE — ΑἸΓΕΎΣ
HELLAS · ギリシア神話
ΑἸΓΕΎΣ

アイゲウス

アイゲウス · アイゲーウス · Aigeus

Bibi Saint-Pol PUBLIC DOMAIN

アテーナイ王でテーセウスの父。子の船が黒帆のまま戻るのを見て海に身を投げ、エーゲ海の名の由来となった。

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解説

概要

アイゲウス(Αἰγεύς / Aigeus)は、アテーナイ王パンディーオーン二世の子で、テーセウスの父である。名は「山羊」を意味する語に通じ、海(アイガイオン)との音の近さから、エーゲ海の名の由来として語られた。

彼の物語は、二度の取り違えでできている。神託の意味を取り違えて子をもうけ、帆の色を取り違えて死ぬ。アテーナイの王でありながら、彼自身が何かを成し遂げる場面はほとんどない。

神話・物語

子が生まれないことを憂えてデルポイに伺いを立てると、「アテーナイに帰り着くまで酒袋の口を解くな」という答えが返った。意味を解しかねた彼はトロイゼーンの王ピッテウスに相談する。神託の意を悟ったピッテウスは彼を酔わせ、娘アイトラーと交わらせた。同じ夜、彼女はポセイドーンとも交わったと伝えられる。テーセウスの父が二人になるのはこのためである。

去るにあたり、彼は大岩の下に剣と履物を隠し、子が自力でそれを持ち上げられるようになったらアテーナイへ寄越せと告げた。

アテーナイでは、コリントスを追われたメーデイアを妻に迎えていた。成長して現れた青年を、彼女は正体を見抜いて毒殺しようとする。杯を口に運ぼうとした瞬間、彼は青年が帯びた剣に気づいて杯を払い落とした。実の子を殺しかけるという場面が、再会の直前に置かれている。

息子アンドロゲオースがアテーナイで殺されたことにより、ミーノースは兵を率いて攻め寄せ、賠償として少年少女の貢ぎを課した。三度目の貢ぎにテーセウスが自ら志願したとき、彼は無事なら白い帆を揚げて戻るよう頼む。

だが息子は帆を替えるのを忘れた。黒帆の船を岬から見た彼は、子が死んだと思って海へ身を投げる。アクロポリスから身を投げたとする版もある。海がエーゲ海と呼ばれるようになったのはこのためだという。

図像と象徴

本ページの主画像は前440〜430年頃のアッティカ赤絵式キュリクス(コドロスの絵師、ウルチ出土、ベルリン古代美術館 F2538)の内面で、三脚台に坐して盃を覗く女神テミスに、彼が神託を問う場面を描く。デルポイの託宣の場面を描いた古代の作例としては最もよく知られたものであり、巫女ではなく女神が答える構図をとる。

物語の帰結である投身は、古代の図像にほとんど現れない。彼が絵になるのは、託宣を問う一瞬だけであった。

系譜と関係

父パンディーオーン二世、兄弟にパッラース、ニーソス、リュコス。妻はメーテー、次いでカルキオペー、次いでメーデイア。アイトラーとの子がテーセウス、メーデイアとの子がメードスとされる。

アテーナイの十部族の一つアイゲーイスは彼の名を負い、市内には彼を祀る英雄祠があった。神話上の王が、実際の市民団の区分に名を残している。

文化的足跡

エーゲ海の名の由来として彼の名が語られてきたが、この語源説は古代の後付けである可能性が高い。海名を説明するために王の投身が用意されたとみる立場が一般的である。

黒帆と白帆の取り違えという筋は、中世の『トリスタンとイゾルデ』にも現れる。同じ型が別の物語圏で反復された例として、比較文学でしばしば取り上げられる。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q191725 — 骨格データの出典
Commons
Aegeus — 図像カテゴリ