山姥
山姥 · 山女 · 山母
深山に棲むとされる老女の妖怪。道に迷った人を食らう恐ろしい鬼婆として語られる一方、富をもたらす山の母、金太郎を育てた母としても伝えられ、二つの相をあわせもつ。
解説
概要
山姥(やまうば / やまんば)は、日本の伝承に語られる、深山に棲む老女の姿をした妖怪である。長い白髪を振り乱し、口が耳まで裂けた鬼婆として恐れられる一方、山の恵みを授け、富をもたらす「山母(やまはは)」としても語られる。人を喰らう恐ろしさと、福をもたらす慈しみ——相反する二つの相をあわせもつことが、この妖怪の際立った特徴である。
伝承と物語
恐ろしい山姥の代表は、昔話のなかにいる。『牛方と山姥(うしかたとやまうば)』では、牛方の運ぶ魚を食い尽くし、ついには牛方まで食おうと追いかける、食欲の化身として現れる。『三枚のお札』では、山中で山姥に捕らえられた小僧が、和尚から授かった三枚の護符を投げるたびに山や川や火が湧き起こって難を逃れる——追われて逃げる逃竄譚(とうざんたん)の典型である。ここでの山姥は、俊足で執拗な、まぎれもない人喰いである。
だが山姥には、まったく逆の顔もある。『ちょうふく山のやまんば』のように、里に福をもたらす存在として語られることもある。とりわけ名高いのが、足柄山の山姥、すなわち金太郎(坂田金時)の母とする伝えである。この系譜では、山姥は怪物ではなく、並外れた力をもつ子を育て上げる聖なる母として描かれる。金太郎を山姥の子とする筋は、近世の浄瑠璃などを通じて広まった。
図像と象徴
山姥の図像もまた、その二面性を映す。江戸期の妖怪画では、髪を振り乱した山中の老女として描かれ、鳥山石燕『画図百鬼夜行』や佐脇嵩之『百怪図巻』にその姿が見える。本項に掲げる佐脇嵩之の図も、そうした山姥像の一つである。他方、浮世絵では、幼い金太郎に寄り添う、母性ゆたかな山姥も好んで描かれた。
象徴として山姥に読み取られてきたのは、山という場所そのものの両義性である。山は、恵みをもたらすと同時に人を呑み込む、畏れと恵みの領域であった。山姥の遺骸や排泄物が薬や金銀に変じたという伝承は、食物の女神オオゲツヒメやウケモチの神話とも響き合い、山姥がかつて山の恵みを司る神であった名残とも解される。恐ろしい鬼婆の背後に、古い仏教や山の信仰の影が差している。
関わる伝承
山姥は、山の怪異の系譜のなかにある。呼び名も地域によってさまざまで、東北では山母、九州では山女などと呼ばれた。能『山姥』では、山を巡り歩く山姥が、善と悪、迷いと悟りを一つに束ねた存在として、より深い相貌で描かれる。恐ろしいだけの鬼婆ではなく、雪女と同じように、恐怖と情、災いと恵みのあいだで揺れる複雑な妖怪なのである。
文化的足跡
山姥は、昔話・能・浮世絵を通じて広く親しまれ、日本の妖怪のなかでも屈指の知名度をもつ。近現代の小説・漫画・アニメ・ゲームにもくり返し登場し、その名は装いの流行語にもなった。ただし作品ごとの造形は創作であり、伝承の伝える山姥の姿とは切り分けて捉える必要がある。