ウォスレト
ワセト · ウォシェト · ウセレト
テーベで祀られたエジプトの女神。名は「力ある女」を意味し、市のエジプト名ワセトと同語である。神殿は一つも同定されないが、王名センウセレトにその名が残る。
解説
概要
ウォスレト(Wsrt、「力ある女」)は、エジプト神話の女神。祭祀の中心は上エジプトのテーベにあり、その名は同市のエジプト名ワセトと同じ語である。
小さな神格である。神殿は一つも同定されておらず、図像も乏しい。それでも中王国第12王朝の三人のファラオ、および第2中間期の一人が、その名を自らの王名に取り込んだ。センウセレト(センウスレト)は「ウォスレトの男」を意味する。
神話・物語
固有の神話は伝わらない。この女神について知られているのは、名と、都市との関係と、アメンとの関係である。
テーベの名そのものであったという点が、この女神の性格を規定している。都市の名と女神の名が同じ語であるという事態は、エジプトでは珍しくない。町が神格を持つのではなく、神格が町として現れる、という関係である。
アメンの最初の妻とされた。のちにその位置はムトに取って代わられる。ジョン・レイはこの女神を「神学における幼馴染」と評した。もっとも、ムトがウォスレトの後代の呼び名にすぎない可能性も指摘されており、交替なのか改名なのかは決着していない。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、エジプト学の慣行に沿って描かれた線図である。
描かれる場合、この女神は背の高い冠を戴き、その上にウァス杖——「力」を意味する笏で、名と同じ語根に立つ——を載せる。手には槍、あるいは弓矢といった武器を持つ。名の意味が、持物としてそのまま図に置かれている。
武器を持つ女神という点ではネイトやセクメトと同じ系列にある。ただしこの二柱が固有の物語と祭祀を持つのに対し、ウォスレトには神殿すらない。名だけが、王の名前のなかに保存された。
関わる神格・伝承
アメンの最初の配偶神とされ、のちにムトに交替する。テーベの神学がアメン・ムト・コンスの三柱神へ整理されていく過程で、この女神は退いていったことになる。
第12王朝のセンウセレト1世から3世、そして第2中間期のセンウセレト4世が、その名を負っている。中王国の王権とテーベの結びつきを考えるとき、この女神の名は無視できない痕跡である。神殿を持たない神格が、王名という最も公的な場所に刻まれ続けた。
文化的足跡
日本語圏でこの女神の名が挙げられることはまずない。センウセレトという王名は古代エジプト史の書物に必ず現れるが、その名が誰に由来するかまで書かれることは少ない。
ウォスレトが示すのは、エジプトの神格の格差である。神殿を持ち、祭を営まれ、物語を語られる神々の傍らに、名しか残らなかった神々がいる。そして名しか残らない神が、王の名として千年にわたって唱えられ続けることもある。祭祀の規模と、記憶される度合いは別の話である。